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2007/02/28

どこをクリックする?

人は画面のどこをクリックするかというページ。

人物画


図形

こちらは8枚ある。

好きなところをクリックすると、たくさんの人がクリックした場所ほどオレンジ色に表示される。
面白いからやってみそ。

人物画は、オレはホクロね。

結果を見ると、集中する場所が結構あることがわかる。
みんなと同じところをクリックしたか、それとも違うところを押したかな?

人物画は、まず目、口、鼻にピークがある。
あとホクロ。
羽根飾りやネックレス。装飾品。
カードのマーク。
おっぱいの谷間の影。乳首のありそうな場所。

図形は、画面の四隅と中心。
画面の対角線上。
画面を十字に分割する線分上。
輪郭線上で、画面の対角線と十字分割線との交点。
文字のあるところ。
描かれている線の交点と端。
その線が作る角の2等分線上。とくに細い角のほうの中心近く。

これは、人間の情報処理と関わっているかんじ。
目鼻口は、まず顔の認識に重要。顔の輪郭はほとんど見ていない。
図形でも顔っぽい絵の同じ場所に集中する。

目に集中するのは、視線など、社会的なメッセージの読み取りにも関係している。
自閉の人は、この辺をクリックしないかも。

社会的なメッセージを読み取とろうとする行為は、遺伝子に組み込まれているものだけど、経験で身についてくる部分もかなりある。装飾品に目がいくのはそれだろう。
また、装飾品は個性の識別にも使われている。
ホクロも個性の識別だな。
あと、隠しているカードのマークも図形認識だけでなく、社会性や心の理論とも関係するはず。

おっぱいは男なら見るのは当然だけど、実はえろい事とは必ずしも関係ないような気がする。

日常、おっぱいが出かかっている様があると、オレもパッと見る。
でもウハーって嬉しくなるケースは稀で、べつに見たくもないのに、メカニカルに視線がそちらにいく感じ。ピッと視線がそちらに動いて、でも、だらしない、げんなりとか思ったり。

ただし、乳首の位置予想はえろよりかな。ほくろの女性がもっと巨乳なら、クリック位置がもっとはっきりしたかも。この絵だと、どこがどこだかよくわからないよね。


図形のほうも、形を認識する上で、重要なところをポイントしているかんじ。

面白いのは、ひねくれ者の発想にも限度があるということ。
人物画の背景部分とかをクリックした人は、みんなが押しそうなところは避けているつもりだろうけど、それがわりと同じような場所だったりする。
たとえば、左端の男性の右手と画面左端が交差するところには点がほとんどない。背景に点を打つ人は、中心よりが多い。

図形のほうも、ひねくれものは、ある特徴的なパターンの2分の1くらいの場所を選ぶけど、4分の1とかのところまでは気が回らない感じかな。

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2007/02/01

脳科学のダメな人・その1(後編)

 さらにもう一つ根本的な問題として、脳機能イメージングの解釈がある。

 川島さんは、光トポグラフィ、またはfNIRS(functional near infra-red spectroscopy:エフニルス)と呼ばれる装置で脳計測を行っている。

 これは近赤外線光を使って、大脳の表面の血流の様子見る装置だ。つまり、脳の深いところの様子はわからない。

 また、血流が増えていることが、すなわち、ある機能が活性化していることにもならない。
 脳の神経細胞には興奮性ニューロンと抑制性ニューロンの2種類があって、抑制性ニューロンが活発に働いている場合、血流が増えることで、ある機能が抑制されるはずだ。
 だけど、働いているのが興奮性ニューロンか抑制性ニューロンか区別する方法は今のところない。

 まあ、これは、今のところ、すべての脳機能イメージングで言えることなんだけどね。

 ただし、エフニルスで、ゲーム時の前頭前野を計測すると、血流が減ることは、複数の人によって確認されている。でも、その解釈は人によって違うのだ。

 たとえば、東大の松田剛さんは、ゲームではない画像を処理する課題(塗り絵みたいなの)をやったときも、同じように前頭前野の活動が低下するとしている。

 そしてその解釈は、映像処理や運動処理の負荷が大きいと、運動野や視覚野に血流が奪われて、前頭前野の血流が減るのではないかというものだ。

 また、囲碁のプロは、アマチュアより前頭前野が沈静化しているという結果もあって、つまり、前頭前野の血流低下は、脳全体の血流の最適化によるものではないかという。

 さらに僕が15年以上前から唱えている、科学的根拠の全くない俺様理論ではこう解釈できる。

 僕は前々から、意識というものは、多くの人が思っている以上に、普段は存在していないと考えている。意識とは、新しいことを覚えたり、難しいことを間違えないようにするときだけ起動して、その操作を無意識化するための自己シミュレーションなのだ。

 そして、それが起動している感覚、そのクオリアが意識と感じているものの正体だ。

 で、それは前頭前野に深く関わっている。そう仮定すると、ゲームを覚えるまで活動した前頭前野が、慣れると沈静化するのは当然だし、囲碁の達人とアマチュアの違いも素直に理解できる。

 クレペリン検査は常に間違わないように気をつけ続けないといけないので、前頭前野は活性化し続ける。僕の予想では、イライラ棒みたいなゲームなら、前頭前野は沈静化せず、ずっと活性化し続けるだろう。

 まあ、俺様理論はどうでも良いんだけど、川島さんと松田さんで解釈が違ってしまうのは、その計測では前頭前野しか測っていなくて、脳全体を見ていない事が大きい。脳全体のデータがあれば白黒はっきりするのだろうけど、そういうデータはないみたい。

 またエフニルスは2001年に登場したばかりの装置で、まだ何を測っているのか明確でないというポイントも見逃せない。この装置は、非常に簡単に取り扱えるので、トレッドミルで走っているときの脳の様子まで計測できる。

 これはデカイ装置の中に入らないと計測できないfMRIなどでは絶対に不可能だ。今までにない計測がたくさんできるようになったことで、研究者たちもちょっと浮かれ気分かもって感じ。昔、脳波が発見された直後は、これで脳のこと何でも解っちゃうよーみたいな浮かれ騒ぎが研究者たちの中で起こったんだけど、それと似た雰囲気が無くはない。 

 しかし、エフニルスとfMRIは、どちらも脳の血流を測っているはずなのに、同じ行為をしているときの活性化部位が違って現れることが少なくない。この矛盾の原因は今のところ不明で、どうつじつまを合わせるかは大きな問題として残されているんだよね。

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脳科学のダメな人・その1(中編)

前編で書いたような結果を見て、みなさんはどう感じるだろうか。
 すばらしい、脳研究は社会にこんなに役に立つのだから、どんどん応用すべきだと思うだろうか。

 うーん。実は僕は、そうは思わないんだよなあ。まあ、現状はまだそうひどくはないかもしれないけれど、これを安易に敷衍していくのは、イクナイと思うのだ。

 まず、そもそも前頭前野が活性化することが、そう単純に良い事と言い切れるのだろうか。
 散歩や軽いジョギングは健康維持のために良いかもしれないけど、スポーツ選手の大半はスポーツによる傷害を抱えている。だとすると、脳トレにも限度があるかもしれない。

 脳を活性化させすぎると、かえって傷害が起きる可能性もあるかもよ?……まあ、これについては、ぼく自身は、脳トレに大して効果があるとは思っていないし、脳を傷害するほどの力があるとも思ってないんだけどね。

 川島さんは、ゲームをしているときの前頭前野の沈静化を、リラックスと関連づけて説明している。

 別の計測で、前頭前野は美しい絵を見て静かな音楽を聴いているときにも沈静化するし、マッサージをしてもらって、気持ちいいと思ったときも沈静化することを明らかにしている。また、マンガを読んでいるときも沈静化する。

 だから、学校で前頭前野をフルに使ってきた子どもたちが、お家でゲームやマンガで脳を癒すのは、良いんじゃないのとおっしゃる。

 あー、良かったね、川島さんはサブカルの味方だよ。

 しかしだ。実は川島さんは、携帯電話を使っているときの前頭前野も、働かないことも突き止めている。

 で、脳が成熟した大人が携帯を使うのは良いでしょう、しかし、脳の発達途上にある子供や、脳が衰え始めた高齢者が使うのは、果たして良いことなのでしょうか?とも言っているのだ。

 ポカーン( ゚д゚)

 えーっと、これはどういう事なんでしょう。
 前頭前野が働かない状態は、ある時は癒しだから良くて、あるときは危ないというのは、カナーリ恣意的なように思えるのですが。

 携帯電話で話すときは、面と向かって会話するときよりも、前頭前野は働かない。
 だとすると、携帯電話はリラックスできて良いのか、前頭前野を使わなくしてしまうので脳機能の低下につながりかねないのか、一体どうやって判断するのだろう。

 ひょっとしたら、脳機能が衰えてきていると思われるお年寄りは、マッサージなどを受けると、前頭前野が活性化しなくなってボケちゃうかも知れない。

 それから、料理は脳を活性化するけど、同じ野菜の皮むきでも、包丁だと活性化し、ピーラーを使うと活性化しないという。まあ、ピーラーより包丁のほうが怪我をするかも知れないから、そういうことは起こりそうなことだとは思うけど、では包丁を使った方が活性化して良いのか、ピーラーを使ってリラックスした方が良いのだろうか。

 挽肉をこねたり、鰯を手開きするときは、計算するときよりも脳は活性化しないので、これらの作業は子供やお年寄りには危険かもですよ?それとも、勉強に疲れた子供には、挽肉をこねさせてリラックスされてやるべきなのか。

 老人施設の結果も、実は脳トレとあまり関係ないのかもしれない。

 あの結果では、前頭前野が活性化したのに、認知症が進んだ人もいる。
 また、脳トレ以外のことを15分間やった人との対照もしていない。

 その理由は、もし脳トレが効果があるとしたら、対照実験で脳トレをやらない人を用意することは、人道的に問題があるんじゃないかと思ったからだそうだ。
 でも、それでは科学実験とはいえないよなあ。

 この学習療法については、「ブレイン・イメージング・ドリーム」というサイエンス・チャンネルの番組の中で、介護老人福祉施設、永寿園の山崎律美副園長という方が、「脳に刺激を与えたら痴呆が改善するかも知れないという現場の直感を、科学的に誰かが証明してくれないかなという思いがあった」と語っている。

 この言葉から推察すると、「学習療法」的な手法は、もともと山崎律美さんが介護の現場の中で編み出したもので、川島さんはその正しさを証明するために実験を行ったのではないかと思う。

 学習療法は、いかにも介護の現場が編み出した感じのする、優れたツールに思える。
 これのキモは、一日15分間だけでも、この学習療法を介して、援助者と、介護される側が、密接に関わる事にあると思うんだよね。

 援助者は、いかに善意で働いていたとしても、無表情でいつもぽかんとしているような人たちと接していると、この人たちにはもう能力はないんだな、と感じてしまうだろう。
 そういう人たちと接することは誰にとっても辛いことなので、ある意味で遠ざけ、事務的に仕事をこなしていくという感じになってしまいがちだ。

 しかし、学習療法を行うと、援助者たちは、この目の前にいるお年寄りは、どの程度の問題なら解いてもらえるか、その問題が解けなかったとき、どうフォローしてあげたらよいか、説けたときどういうふうに喜びを分かち合ったらいいかということを考えるようになる。その時、援助者は、熱心に相手を見つめることで、目の前の人が無個性でかわいそうな痴呆のお年寄りという認識から、個性を持った一人の生きた人間として見られるようになると思うんだよね。
 その人は、何もできないわけではなく、何かができる可能性が残っている。そこに注目して、すくい取っていくことで、できる可能性を持っていたけど使うことが無かった能力を、もう一度使い始められるようになるのかも知れない。

 ただそれは、援助者の心の持ち方が変化したのであって、介護される側の脳が活性化したわけじゃない可能性がある。

 そんなカタイこと言わなくても、うまく行っているんだから良いんじゃないのって思う人もいると思うけど、でも前頭前野が活性化すればボケは治るみたいなことが一人歩きしてしまうと、たとえば脳に遠赤外線を当てて血流を良くしたらボケが治るみたいな、妙な方向に話が進んでしまう可能性もある。でも、それはたぶん無駄なんだよね。

 さらにいうなら、40代の人のぼけを未然に防ぐという実験も、ひょっとして、脳トレをやらなくても、毎週記憶テストをやりますよと言っておくだけで、緊張感が高まって、短期記憶は向上するかもしれない。そういう対照実験がないので何ともいえないのだ。

 キレやすい子、じっとしていられない子がいたとしても、それはまず第一に躾の問題だろう。また、軽度発達障害の可能性もあって、それにはまた個別の適切なフォローが必要だ。

 それなのに、キレやすい=前頭前野が未熟だから、脳トレで鍛えようという短絡的な発想は、体重を減らすためにカロリー制限と適切な運動という唯一の合理的な方法を取らず、怪しげなダイエット法に填るのと似た感じがある。

 あるあるは滅びぬよ。にせ科学でねつ造された健康情報こそ、日本人の夢だからだ!

 百ます計算も、確かに効果を上げるケースもあるだろう。ただ、全ての児童でうまく行くわけはないだろうし、長期間続けたとき効果が持続するかどうかも疑問が残る。

 百ますの計算速度がどんどん速くなって行くのが嬉しい子供はいるだろうけど、その速度もいつかは頭打ちになる。そうなったとき、子供はなお百ます計算を喜んでやり続けるだろうか。百ます計算では、同じ問題を2週間くらいやり続けるそうだけど、これは速度が頭打ちになるまで同じものをやらせて、頭打ちになったら別のものをやらせることで飽きさせないということなのかもしれない。でも、それにしても、いつかは飽きるんじゃないだろうか。

 もちろん、陰山さんなら、生徒たちの積極性を持続させ続けられるのかも知れない。なぜなら、陰山さんにはアートがあるだろうからだ。つまり、一見、単純計算をさせているだけに見えて、実は子供たち一人一人の様子をよく見て、適切な影響を与え続けているのではないかと思う。この子はこういう性格だから、ここで伸び悩んでいても、こう褒めてやればいいとかいう引き出しを、たくさん持っているんじゃないかと思うんだよね。

 だから、現場の教師たちが、陰山メソッドに共感して、これは使えそうだと自ら選択して、受け持ちの子供たちの顔を見ながら、自分流にアレンジして使っていくなら、このやりかたを巧く使いこなしていくケースもあると思う。

 でも、脳を活性化させる作用があるから、全国一律これをやりなさい、としてしまうと、おそらくほとんど効果は出ないんじゃないだろうか。

 そんなわけで、脳トレはかなり根拠薄弱というのが僕の印象だ。

 ただ、とりあえず害はなさそうだし、ひょっとすると少しは良いかもしれない。パズル的なゲームをやるのは楽しい事でもあるし、ぼけが防げるかもと少しの心の平安を得られるのもいいだろうし、たくさんの書籍やゲームが売れることで経済も活性化するしね。

 だから、ぼくは脳トレをとくに否定するつもりもない。

 でも、この考えかたが権威になって、教育やら何やらに色々制限を課そうとするなら、それには断固反対したいと思うんだなあ。

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脳科学のダメな人・その1(前編)

 このところ脳ブームが続いている。
 書店に行けば、脳関係の新刊書がどんどん増えているし、テレビで脳、ゲームにも脳って感じで、まあ、なんというか。

 脳は確かに面白い。

 このブームの背後には、最近の脳研究の劇的な進歩がある。
 とくに脳機能イメージング、つまり脳が働いているときの様子を映像として見せる技術が、種類も増え、お手軽にできるようになったことで、興味深かったり意外だったりする成果が、じゃかすか出てきている感じ。

 しかし、どうなんでしょうね。

 たとえばゲーム脳。
 ゲーム脳というと、トンデモ系ではこの言葉を作った日本大学文理学部体育学科教授の森昭雄さんと、医療少年院勤務の精神科医であり、別名で横溝正史賞を受賞した文筆家でもある、岡田尊司さんの『脳内汚染』が有名だと思う。

 これらのトンデモさを、微に入り細をウガーって解説する言説は、ネットの中に無数にあるので、興味のある方はウィキペディアの「ゲーム脳」の項からたどると良いと思うけど、ここでは触れない。


 まあ、キレる子どもが増えているという客観的な証拠はないことと、統計では若者の犯罪は劇的に減っているし、異常な理解不能な犯罪は昔も今も変わらず一定の割合で存在すると言う事実だけで、これらの前提は覆っているわけだしね。

 ただ、もっとまともな装いの研究でも、実際にはへんてこりんなのだ。

 今の脳ブームのきっかけというか、底を支えているのは、東北大学教授の、川島隆太さんの研究にあるといって間違いないだろう。

 川島さんは、光トポグラフィ、あるいはfNIRS(functional near infra-red spectroscopy:エフニルス)と呼ばれる装置を使って、脳機能イメージングの研究を行ってきた。

 ヒトは体の割に脳が大きめの動物だ。まあ、一番じゃないけどね。
 とくに感覚知覚を支配する大脳が肥大していて、その大脳の中でも前方に位置する、前頭前野が特別大きくなっている。実際、アカゲザルでは、大脳のうちの10%が前頭前野だけど、人間は30%がこの領域だ。

 今では、この場所こそが、ヒトを人らしくする源ではないかと考えられている。なぜなら、コミュニケーションや、自分の気持ち・行動の制御、記憶、学習、集中力、自発性などは、全てここと関わりがあるからだ。

 そこで川島さんは、テレビゲームをしているとき、前頭前野がどうなるかを、エフニルスで計測することにした。

 実験前、指や目、頭を使うテレビゲームは、脳を大いに活性化させるだろうと予想されていた。しかし、結果は意外なものだった。

 不思議なことに、テレビゲームは、期待ほど脳を活性化させなかったのだ。前頭前野は、新しいゲームをやり始めた直後は活性化するものの、慣れてくるとかえって沈静化してしまう。

 さらに意外だったのは、比較対照として行ったクレペリンテスト(一桁の足し算をどんどんやるもの)をしているときのほうが、前頭前野が活性化することだった。

 科学の王道を行くなら、なぜそうなるかの原因を追及すべきだろう。しかし川島さんは、あえて別の、この結果を社会に還元する道を選ぶことにしたという。

 色々な行為をしているときの脳の様子を計測して、文章を読んだり、文章を書くときも、前頭前野が活性化することを明らかにした。それも、文章を黙読するよりは音読する方が良く、意味のある文章を読むより、無意味な言葉の羅列を読む方が活性化したり、キーボードで文字を打つより、手書きで文字を書いた方が、前頭前野が活性化することを見つけている。

 これらの結果から、川島さんは、簡単な読み、書き、計算は、脳を活性化する脳トレーニングに使えるのではないかと考えたという。

 そこで次に、老人施設の認知症の人たちを対象に、簡単な読み書き計算のドリルを毎日15分ずつ、行ってもらう実験を行った。これを「学習療法」という。

 認知症でいちばん問題になるのは、他者と上手にコミュニケーションができなくなることと、自発性がなくなることだ。このため、家族と暮らせなくなる。これらは前頭前野の衰えと考えられるので、それを高める方法を示せれば、それはすばらしい社会貢献だ。

 この学習療法では、学習する側と支援する側が、マン・ツー・マンでコミュニケーションすることが重視された。

 つまり、プリントを全員に配って勝手にやってもらうのではなくて、一人の支援者が一人を担当して、問題を一問ずつ出しては、答えてもらうというやりかたをした。また、この学習療法の目的は、読み書き計算ができるようになることではなく、脳を活性化することなので、相手のプライドを傷つけず、確実にできる問題が選ばれ、さらに正解したら本人と支援者が喜び合うようにすることを重んじた。

 この学習療法を3ヶ月続けたところ、19人の被験者のうち、前頭前野の働きは11人が改善、1人が維持、7人が下降した。また、認知症の度合いは8人が改善、3人が維持、8人が下降という結果になった。

 従来の介護の世界では、認知症になると症状は悪化する一方で、現状維持すらあり得ない。つまりこの結果は、非常に良いものだったわけだ。

 特に数値には表れなかったものの、全体の印象として、2週間から1ヶ月でコミュニケーションが上手になり、笑顔が出始める人が現れ、2ヶ月で身辺の自立能力が改善したという。全体の数割程度だけど、自分で食事や着替え、トイレに行けるようになった人もいたそうだ。

 また、川島さんは、認知症ではないけど、正常よりも機能の低下した状態の人についても脳トレを試みた。

 認知症を調べるテストがあって、これで軽度認知障害と評価されると、1年で2割ほどの人が認知症になることがわかっている。そこで、そのような人に同様のトレーニングを行った結果、9割が改善する事がわかったのだ。

 これらのことから、川島さんは、いったんなってしまった認知症を元に戻すのはなかなか難しいけど、予防したり進行を遅らせる事は可能だろうという。

 また、平均年齢40歳の人を対象に、簡単な読み書き計算のプリントを配って、週に5日以上脳トレをやってもらい、毎週短期記憶のテストをやったところ、その能力が改善されたという結果も出ている。

 つまりこれらの研究が、書店にあふれている脳トレ本や、「脳を鍛える大人のDSトレーニング!」などの、脳鍛えゲーなどの根拠になっているわけだ。

 そして川島さんは今、さらに子供の教育に、自分の研究を活かそうと、目標を定めているという。

 ここ最近、キレやすい子供が増えているということを良く耳にする。大人しく授業を受けられない子供が、増えているという。もっともそれには、きちんとした統計があるわけじゃない。

 だから、その前提で考えるのは危険かもしれないけれど、もしそれが事実なら、キレやすさや落ち着きのなさは、前頭前野の発達が鈍いと考えられる。そしてそれは、脳トレで改善できるかもしれないと川島さんは言っている。

 実際、学校教育の現場で、この脳トレと非常に良く似たものがある。百ます計算(100個のますを使って、クレペリン検査のような簡単な足し算をするもの)で有名な、陰山メソッドだ。

 これは、立命館小学校副校長で、文部科学省・中央教育審議会の特別委員の陰山英男さんの提唱する学習法で、単純な読み書き計算を徹底的に反復することで、学力が向上するというものだ。
 
 この100ます計算を授業のはじめにやると、脳が活性化されて、その結果、子供たちは授業を大人しく聞き、算数だけでなく国語など他の強化の成績も上がっているという。

 だけど……

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