幸福感は遺伝するか
毎日更新とかいっといて、さっそく間が開いてしまった。オレサマのヘタレぢからの威力を見よ!
いやしかし、がんばるよ。(´・ω・`)
ヒルマン監督の成功は、日本人の性格を見抜き、その個性を強調したことにあったのだろう。ウィークネス(弱いところ)を補うというより、ストレングス(強いところ)を伸ばしたって感じかな。
こういう発想も、どちらかというと日本では珍しいような気がする。日本の普通の発想では、弱点を見つけてそれを補強することに眼が行きがちで、弱点なんかとりあえずどうでも良いから、とにかく強みをガンガン伸ばそうとはあまり思わないような……。
しかし、この「日本人の性格」って何なんだろう。
性格や行動の仕方は、親から子へと受け継がれるかといえば、みんな、そりゃあそうだろうねって思うだろう。
性格や行動のしかたが、遺伝的な素因の影響を受けているという考えかたは、ずいぶん昔からある。たとえば進化論で現代生物学の基礎を築いたチャールズ・ダーウィンは、犬や馬などの家畜の精神的な”質”が遺伝することは明らかで、特別なテストの成績や癖だけでなく、知能や勇気、気性などが確かに親から子供へと伝わっているといっていた。
実際、動物の品種改良では、たとえば狩猟犬なら忍耐強い性格のものを選んだり、乳牛なら乳を搾りやすいおとなしい性格のものを選ぶということがされて、人間にとって役に立つ性格の家畜を作ってきた歴史がある。ほとんどの家畜は、野生ではあり得ないくらい大人しくのんびりしていて、人を恐れることは少ない。もちろん、生育環境によっては、そうでなくなることもあるのだけれど、性格が遺伝的な要因と結びついていることは紛れもない事実だ。
当然、あるグループ、たとえば日本人が、遺伝的に特定の性格を持っていても不思議はない。……よね?
そんな観点から、日本人は幸薄いって話がある。
その前提として、幸福感は遺伝するという論文が1996年に発表されている。
これは、「Happiness is a Stochastic Phenomenon」という論文で、David T. Lykken と、Auke Tellegenによって、Psychological Science 誌に掲載されたものだ。
この研究では、数千人に及ぶ、一卵性双生児と二卵性双生児について、それぞれ同居して育った場合と、別居して育った場合について、アンケートを行った。
それによると、幸福感は、二卵性双生児では、同居で育とうが別居で育とうが、ほとんど全く関係がないのに、一卵性双生児では、同居で育とうが別居で育とうが、とてもよく相関しているという。
しかもそれは、当人たちの社会経済的地位や教育の達成度、家計所得、配偶関係、宗教へのコミットメントなどとも、ほとんど関係がない。
つまり、幸せを感じられる性格というのは、生まれや環境にはあまり依存せず、ほとんど生まれつきで決まっているってわけだ。うーん。
それにしても、これって一体どうやって調べたのだろう。
幸せとは、もちろん客観的に評価できるものではなくて、どんなに恵まれた生活をしていても本人がそれを気に入らなければ不幸だし、はた目には厳しい条件で生きていたとしても、幸せを実感している人もいる。
そこでこの研究では、幸福感を「正の情緒」から「負の情緒」を引いたものと考えた。
正の情緒とは、楽しいとか、嬉しいとか、ウキウキしちゃうとかの感じで、負の情緒とは、つらい、悲しい、腹が立つという感じのことだ。誰でも生きていれば色々なできごとがあって、正の情緒も負の情緒も味わう。そこで、1年くらいの長い期間のうち、どちらをより多く感じたかを質問して、幸福感を感じやすいかどうかを判断したわけだ。
一方、いくつかの先行研究で、性格の傾向のうち、外向性の強い人は正の情緒を感じやすく、内向性の強い人は負の情緒を感じやすい事が知られていた。また神経症傾向(情緒の過敏性)の強い人ほど、負の情緒を感じやすい。
つまり、外向性が高く神経症的傾向が低い人ほど幸せで、内向的で神経症的傾向が強い人ほど不幸を感じやすい。そして、この内向・外向性と神経症傾向は遺伝することもわかっている。
これらを総合すると、幸福感は遺伝するという結論が導かれるわけだ。
ちなみに日本人は、内向性も神経症傾向も、欧米諸国の人々と比べて高い人が多く、幸福感に乏しい国民らしい……。
いや、でも、この話はどこか変だよね。
日本人って、そんなに幸福を感じられない人が多いのかなあ。
幸福感の遺伝の研究のポイントは、幸福感が正の情緒から負の情緒を引いたものと「定義」した事だ。幸福感というのは人によって違うとらえかたがあるから、それを曖昧にしたまま考察を進めると、結論も曖昧になってしまう。
だから、この研究では、幸福感の意味を限定して、そういう幸福感は遺伝しているといっているわけだ。つまり、研究の対象となった幸福感は、ある調査の中で限定的に定義されたモノであって、ぼくたちが普通に感じている幸福感とは、必ずしも同じではない。
もちろん、「何か」が遺伝的に伝わっているのは間違いないだろう。でも、その「何か」が日常語の「幸福感」という単語に等しいと思うのは、なんか違うと思うんだよね。
最終更新時間 2006年10月27日 05:46
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.blwisdom.com/mt/trackback/1613










