じだいはふいんき
SF者なら知っていると思うけど、大阪大学の物理学の教授で菊池誠さんという方がいる。ニセ科学関係の啓蒙活動なんかも積極的に行っていて、それが非常に丁寧かつ論理的で面白いんだよね。
反ニセ科学というと、テレビでお馴染みの、大槻義彦さんみたいにヒートアップしちゃうお笑い芸人的な芸風を思い浮かべる人もいるかもしれないけど、それとは全く違った味わいがあって、とても良い感じ。
その菊池さんのkikulogで、「ふいんき(なぜか変換できない)」という話題が出ていた。
実は、この表現については、前から書こうと思ってちょっと調べていたりして。
ぼくがこの表現の存在を気づいたのは2ちゃんねるの書き込みで、いつかは思い出せないくらい前の事だった。
で、実際どれくらい前のことかと調べてみると、「ふいんき(←なぜか変換できない)のガイドライン」というスレッドがあった。これは、すでに過去ログも消えていてリンクが張れないんだけど、そこの1番最初の書き込みに、
密かに2chで流行語になりつつある「ふいんき」。
変換できないのは正しい言葉は「ふんいき」だから。
そんな「ふいんき」のスレです。
とある。つまり、この頃が2ちゃんねる内でも出始めの時期だったんだろうね。
で、このスレッドが立ったのが2003年12月3日のことだ。
意外に古くないのね。
ところで、「ふいんき(←なぜか変換できない)」という表現はわりと新しいとしても、そのもとになった「ふいんき」はどうなんだろう。
ぼく自身は、この表現のことは、うっかりミスをネタにしたものだと思っていた。
タイプをする時に「ん」と「い」の順序が入れ替わってしまって、だけど字面を見ただけではすぐには間違っている事に気が付かずに、「なぜか変換できない」ということになっているのだと思っていたワケね。
つまり、「ふいんき」という表現を、本気で使っている人なんているわけないと信じきっていた。
ところが、NHKの午後3時代にやっている、「ことばおじさんの気になることば」
を見ていて、驚くべき事実に気づかされる。
この番組、ことば関係のあれこれが抜群に面白い、超お薦めのコンテンツなんだよね。
残念ながら、普通にお勤めしている人には見づらい時間帯だし、しかも放送時間が決まっていない(だいたい午後3時30から4時までの間のどこか)から、録画も難しいし、放送休止も多いのが難点なんだけど。
こういう番組は、ネットでアーカイブして、いつでも見られるようにして欲しいものだにゃあ。まあ、ポッド(ビデオ)キャスティングで流してくれても良いんだけど。
で、これの6月28日放送の『「フンイキ」「フインキ」どっち』を見て、実際に「ふいんき」といっている人がいる、それも若い世代を中心に少なからずいるということを知ったのでした。
そこで改めて、ネット上で使われている様子をgoogleで検索してみると、今日の時点で
ふんいき があって、 ふいんき がないページは、46,500件
ふいんき があって、 ふんいき がないページは 66,100件
という結果で、なんとすでに「ふいんき」を使っているほうが多いのだったりして。
いやあ、時代はもうふいんきですよ。みなさん。
また、ふんいき も ふいんき もあるページは 18,600 件あって、つまりそこでは両者の違いに言及しているページなんだろうね。
では、この言葉をどういう人が使っているのかというと、ことばおじさんの気になる言葉、独自のアンケートでは、およそ35歳を境目にこの言葉を使うようになっているのだそうだ。
これは、日本語Q&A の「ふんいきをふいんきとよみますか」
の結果を見ても、だいたいそんなもんだろうということが解る。
じゃあ、どうしてこういう読み間違いが生まれたのかというと、ことばおじさんによれば、
『杏林大学外国語学部教授の金田一秀穂さんは、『耳から覚えて誤って使ってしまう言葉、というのがあります。例えば、体育(タイイク)を“タイク”。女王(ジョオウ)を“ジョーオ-,ジョウオー”と言うなどがあるのではないでしょうか』と話してくれました。』
とのこと。
これと似たような事は、夕刊フジ、2005年9月12日の日本語を書けない子供たち
で言及されていて、
小学校の教師、Aさんは、最近の小学生の〝日本語事情〟を次のように語る。
「漢字の読みを書かせると、原因を『げいいん』、全員を『ぜいいん』、大丈夫を『だいじょぶ』など、耳で聞いたまま書きます。文章を書かせても、話し言葉口調ばかり。まともに作文が書ける子は非常にまれです」
彼らはメールでも話し言葉しか使わない。彼らの私生活において、書き言葉を使う機会はほぼ皆無でしょう。
(携帯電話には)予測変換という機能がついている。……省略語だけですべて処理できるため、正しい読み方を知らなくても、表示された漢字の中から選ぶだけで難なく漢字を打つことができる……これにより、読めない/書けない子供たちがどんどん増えていくことになる。
まあ、これ自体は変化を認められない「近頃の若い者は論」の一つにすぎなくて、ツッコミどころ満載なワケだけど。
時代が下るにつれて、ある程度、今までとは違った読み方、書き方をする人は増えていくのかも知れないけど、ブログをやる人も増えてきている今日、書くという事を習慣的にやることで上手な表現ができる人も、今までより多くなっていくかも知れないもんね。
それに、森山和道さんのmixi日記で読んだんだけど、近頃の30代40代は、本を読まず、書店で見かけるのは50代以降と10代20代だという話もある。
帰ってきた炎の営業日誌 杉江由次 10月27日(木)とある書店さんで聞いたお話
ちなみに、近頃の若い者はなっとらんというのは、大昔から言われていたことだということはみなさん知っていると思うけど、その元ネタがなにか忘れちゃっているんじゃないでしょうか。ぼくは忘れていたんだけど、この間、古くからの友人が教えてくれました。
それは、星新一編訳の『アシモフの雑学コレクション』の、
「紀元前2800年ごろの、古代アッシリアの粘土板にある文。「世も末だ。未来は明るくない。賄賂や不斉の横行は目に余る」
それから2000年後の、ソクラテスの言。
「子供は暴君と同じだ。部屋に年長者が入ってきても、起立もしない。親にはふてくされ、客の前でも騒ぎ、食事のマナーを知らず、足を組み、師にさからう」
プラトンは自分の弟子について
「最近の若者は、なんだ。目上の者を尊敬せず、親に反抗。法律は無視。妄想にふけって、街であばれる。道徳心のかけらもない。このんままだとどうなる。」
というもの。
昔も今も、人が感じることは同じってワケね。
なんか話がずれてしまいましたな。
まあ、「ふいんき」が耳から入った音を間違えて覚えてしまった言葉であっても、それが雰囲気という漢字に対応している事は多くの人が知っている。で、だんだん雰囲気をふいんきと読むようになりつつあるって事は間違いないわけだ。
こういう変化の事を音韻転換とか音位転倒とか、音韻交替、音位転換、音転移……などなど色々言うらしい。スプーナリズムとかメタセシスともいうらしい。
たとえば、山茶花 はさざんかと読むけど、字面を見ると解るとおり昔は「さんざか」と読んでいたんだそうだ。
同じように、
あたらしいとあらたしい
あきはばらとあきばはら
というのもあるし、
シミュレーションとシュミレーション
コミュニケーションとコミニュケーション
なんてのもある。
ぼくはまあ、わりと若者言葉みたいなのも、言葉の乱れとは感じなくて、面白ければ自分も使う、そうでなければ使わないって感じ~なんだけど(^_^)、ふいんきとはたぶん一生発音しないだろうな。実際に言おうとすると、そのほうがぼくには言いにくいし、まあ普通は、漢字で雰囲気としか書かないしね。
しかし、世の中は、さらに進んでいるのだ。
なんと、すでに不陰気という表現もあったりして。
google によると、
「不陰気」を使っていて、「雰囲気」を使わないページの検索結果 約 28,400 件……
(デンドンデンドン……ここでおどろおどろしいBGMをかけてください)
最終更新時間 2005年10月31日 12:32
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採り上げたテーマで、納豆がバカ売れしているようですね。
今回は納豆ダイエットですか。
知り合... [続きを読む]
トラックバック時刻: 2007年01月19日 23:45
私は34歳ですが、発音は「ふいんき」です。
高校生頃にワープロを使って変換できないことから「ふんいき」と意識するようになりました。
パソコンで日本語入力していて思うのは、こういった言葉の変化を規制してしまうこともあるなぁ、ってことです。
善し悪しは別として、「ふいんき」が20~30年早く発生していたら「あきはばら」同様に定着していたろうに・・・と思わずにはおられない。
言葉は生き物で、変化していくものだと思う。全国規模のマスメディア(テレビ)の影響で、方言が廃れていくのは意識している人も多いけど、ワープロ・パソコンが言葉の変化を規制しているのを意識して研究している人はいるのだろうか。
そういう私も、「じゅうふく(重複)」には馴染めないんだけど、これは変換できるんだよなぁ。「だいがえ(代替)」もどうよ、と思います。
投稿者 yamada_h2 : 2005年11月01日 09:36
「ふんいき」と読む人は、雰囲気と書いて、わざわざ「ふんいき」とは書かないのではないでしょうか? 「ふいんき」表記が「ふんいき」表記より多いのは、当然のようにも思えます。
変換辞書が言葉の変化を規制するというのはその通りだと思いますが、それをマイナスと評価する方の方が多いのでしょうかね。「じゅうふく」のように規制していない例が、私は嫌いですけれど。
41 歳男
投稿者 しつじ : 2005年11月01日 10:41
20代です。
ですが、日本語の乱れは気になっています。
「わざと」ならまだいいのですが、
それが正しいと思い込んでしまっているのは問題かと・・・
遊びのときはことば遊びのように
どんなことを言ってもいいと思います。
実際私もつかいますし。
ビジネス文書やビジネスの場においても
そのままなのはどうでしょう・・・
投稿者 文学部卒 : 2005年11月01日 13:31
それを「乱れ」と取るか、「変化」ととるか。
ぼくも若い頃は、言葉の乱れイクナイ!と思っていましたが、今は
ちょっと可愛いところもあるカモと思うようになっています。
そういえば、ヤバイは今では良い意味に用いられるらしくて、これが医療の場面で使われると大変って話がありました。
患者:「先日の検査の結果は、いかがでしたでしょうか?」
医者:「ヤバイ、マジヤバイっすよ!良かったっすねー」
とかね。
あと、雰囲気が表現型で、それをコードする記号列に「ふんいき」と「ふいんき」があるというのはどうだろう。分子進化中立説か(^_^)
投稿者 鹿野 司 : 2005年11月02日 13:26
10年ほど昔、当時40代半ばと思われる女性が、ワープロに向かいながら「水族館が変換出来ない!このワープロ馬鹿だ!」と怒ってたのを思い出しました。
いくらなんでも水族館が変換出来ないというのはあり得ないだろうと見てあげると、彼女は「すいぞっかん」と入力していたのです。耳で言葉を覚えるとそうなるんでしょうね。
かく言う私は30歳近くまで7は「ひち」と思っていました。
ははは…
投稿者 りょう : 2005年11月03日 12:26
しちというのは、単に、江戸弁なのでは。
名古屋とか関西では、七をひちと普通にいうと思います。
質屋もひちやという。ひらがなで、「ひち」と看板が出ていたりします。字面的には、しちが正しそうだけど。
ワープロが言葉を規定するということで気になるのは、いわゆる放送禁止用語が辞書登録されていないという事もありますね。
domekura と打って変換すると、「止めくら」になっちゃう。これは文化破壊ですね。政治的な正しさというのは実にくだらない。
投稿者 鹿野 司 : 2005年11月06日 14:25
確かに前に名古屋の人とひち&しちの話になり、ついでに質屋の話になったら電話帳を持ってきて「ひちや」と表記されている広告を見せられたことがあります。
放送禁止用語というのはもう本当にヒステリーに近い領域に入ってきたと思います。
最初は「傷つく人がいるのなら…」という理由だったのでしょうが、今は「訴えられると怖いし、面倒だから…」って感じがします。
各局が制作している放送禁止用語マニュアルを一部見たことがありますが、面白かったですよ。
投稿者 りょう : 2005年11月07日 00:27
いわゆる放送禁止用語が辞書登録されていないのは確かに変に感じます。それなら紙媒体の辞書からも削除すれば良いのに(究極的には星新一のSSみたいになってしまいますが)。
放送禁止用語を(吟味した上で)設定したり、ガイドラインを作成する意義には賛同しているので、運用面のおかしさで批判されてしまうのが残念です。
私自身(30代後半)は、学校で教わったり辞書で調べて、「ふんいき」が正解と刷り込まれており、「ふんいき」支持派ですが、「ふいんき」と言う同級生も結構居ました。会話の相手が使っても別に指摘しませんが、「間違っているよ」と思ってしまいます。
ただ、「ふいんき(←なぜか変換できない)」という表現は、自分の言いたいことを他の人に伝える工夫の跡が見え、面白いなと思います。変換できない理由なんて調べればすぐ分かるけれど、変換できないこと自体に納得できていないのが読み取れます。
こんな風に表現されると「変換辞書が言葉の変化を規制する」なんてことは無いのではないかと思えます。まあ、変換辞書は道具に過ぎないのだから使い方次第でしょうね。
それにしても、「不陰気」っていうのは凄いですね。それこそ誤変換の産物なのでしょうが、漢字も表音文字に過ぎないということなのでしょうか。「夜露死苦」の方がまだましとさえ感じます。
本当に、進んでいるのか、退化なのか。
P.S.
何かと「~感じ」で済まされがちな昨今、「雰囲気」という単語がこんなに使われていることが意外でした。
投稿者 soramaru : 2005年11月08日 09:45
ご無沙汰しています m(_ _)m。
自分の名前はカズオですが、子供の頃にカゾーちゃんと呼ぶ娘がいたことを思い出しました。
投稿者 志水 : 2005年11月10日 00:29










