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2005/10/21

芸術は爆発だ(その2)

 芸術は爆破だあの第二回。
 これはログイン、1989年10月20日号掲載されました。


 前回は、「芸術は爆発だあ~」っていうようなハナシをした。今回もその続きでいってみたい。で、まあ、その前にこれまでのおさらいをちょっとしてみよう。

 人間というのは、こう、ただぼーっとしているように見えても、時々刻々、膨大な量の情報を受け取っている。この情報はほとんどが、脳に組み込まれたソフトウェアでできたフィルターでろ過されていて、そこで漉しとられて残ったものが情報の持つ意味になる。
 意味を漉しとるフィルターっていうのは、一種の予断のようなもので、認知の枠組み=スキーマなんていうのもそのひとつだ。そして、この無意識の予断があるから、人間は世界を認識できるんだよね。

 たとえば、英語のヒアリングなんかは英語能力がそれほどなくても、話されている文脈がわかると、けっこう聞き取れるようになる。これは、文脈を把握したことで、話され易いだろう単語を、記憶の中から優先的に検索できるようになるからだろう。また、聞き取れなかった部分も、文脈に応じて補完している事も確実だ。

 認知フィルターのソフトウェアは非常に優秀で、ある状況下でどの記憶がもっとも優先度が高いかを間違えることは事実上ないといっていい。ところが希に、予想もしない突発的な事件などに遭遇すると、この予断フィルターが現実の情報入力と一致せずに、ナニガナンダカワケノワカラナイ状態になることがある。

 芸術というのは、この状態を意識的に作りだそうとする、過激なオコナイじゃないかってわけ。またそうでなければ、芸術といえない。つまり、「人間のソフトウェアの裏をかこうとする行為」といえばいいのかな。

 もちろん、こういう真の芸術っていうのは、そうそうたやすく行えるものじゃない。たいがいの芸術家と呼ばれる人のやっていることは、美術かエンターティメントにすぎないんだよね。じゃあそういう芸術のいい例はないかなって探してみると、実はそういうものが1960年代には大量にチマタにあふれ出したことがあったみたいだ。

 いまでは「路上観察学」の創始者として有名な赤瀬川原平の著作、『東京ミキサー計画』(PARCO出版)や、『今やアクションあるのみ』(筑摩書房)なんかをみると、60年代の芸術家たちは、町中に芸術体験を持ち込もうと考えていたことがよくわかる。

 たとえば、高松次郎の『カーテンに関する反実在性』という芸術は、長い長い紐にサマザマなガラクタが結びつけられて黒く塗られたもので、展覧会場をあちこちのたくるというワケノワカランものだった。しかも、そのうちに何物かの手によってその芸術の末端にはロープが連結され、芸術は展覧会場からズルズルとはいだいし、上野公園の広場を横切り電車の線路に接続して、日本全国のネットワークにつながるなんて事件までおきている。

 また中西夏之の『洗濯バサミは攪拌行動を主張する』という芸術は、キャンバスから無数の短い紐を生やして、そこにアルミニューム製の小さな洗濯バサミを無数にとりつけたものなんだけど、作品の下に置かれたタライにも山盛りの洗濯バサミがあって、床中にもその芸術が散らばっているというモノだった。そのうち不用意な観客が足元の芸術を蹴飛ばし、それをまた別の誰かが蹴飛ばして、いつのまにか遠くの会場まで、芸術が広がってしまう。それをまた別の誰かが見つけて、見知らぬ人のコートの裾にこっそりはさんだりする。こうして洗濯バサミ=芸術は世界中に向けて無限に拡散していったりする。

 そして赤瀬川源平は芸術作品としての偽造千円札(当時の価値なら、今の1万円よりも高額なイメージじゃないかな)を作って、これを燃やしたり、千円札のシートでモノを梱包したりしていた。

 この3人は、ハイレッド・センターという芸術集団を作って、いまでいうパフォーマンス、しかし当時はまだ芸術だった行為を巷で繰り広げたんだよね。たとえば、髪の毛といわず、瞼やクチビルや顔中に洗濯バサミをはさんで歩き回ったり、銀座の道路をゾーキンがけしたりしたらしい。

 1960年代はこういう芸術が、巷にあふれていた時代のようだ。
 劇なんかでも、いきなり観客に汚物をぶちまけるなんていった過激なものまであった「ハプニング」という手法が流行したし、テレビ番組でも今は亡き寺山修司が構成した『あなたは……』(1966年・TBS )という番組があって、通りがかりの人に、インタビュアーが畳み掛けるように質問を浴びせる、なんてことが行われていた。

 ぼくの大阪出身の知人の一人は、当時の東京は、道を歩いていると何をされるのかわからなくて、上京するのが恐かったと証言しているくらいだ。

 素朴な人たちが何気ない日常の中に身をおいて油断しきっているところに、突然おかしな人間が自分に迫ってくるわけで、これは思わず異世界をカイマ見てしまったような体験になっただろう。

 つまり、芸術は見るものが体験することで、作品そのものじゃない。非常にパーソナルなものなんだよね。

 もっとも、同じスキーマを共有している集団に属していれば、同時に同じ体験をして、一つのムーブメントとなることもある。

 音楽の世界でも、ジャズが生まれたときや、ロックが生まれたときなんかは、こんな衝撃があったんじゃないだろうか。

 しかし、まあ、こういう形での日常に芸術をあふれ出させる行為は、もう不可能になってなってしまった。現代人はスレちゃっているからね。たとえば、今時、電車のホームで顔を白塗りにした男が、妙なタマゴのようなオブジェにかじりついていたって、ああパフォーマンスやってらあ、なんちゅう具合に一瞬にして理解されてしまう。もはやこの方法では、脳のソフトウェアの裏をかいて、人に認知的なゆらぎを体験させる芸術にはなりえない。

 赤瀬川源平という人は、根っからの芸術家で、路上観察学というものを作ったおおもとには、この芸術家ダマシイがあったんじゃないかと思う。

 もともと路上観察学は、その元にトマソンというものがあったわけだけど、赤瀬川原平がトマソンに興味を持つようになったのは芸術体験はもはや人為では難しいってことに気がついたからじゃないだろうか。そのとき、人為と自然の狭間のようなところで、トマソン物件という不思議な芸術を発見しちゃったんだとおもう。もともと「観察」の好きな人だしね。

 そういう意味では、「トマソン」は路上観察学の基になった芸術の超新星爆発の波涛で、路上観察学はその後に残されたキラ星というわけね。

 ところで60年代の芸術体験というのは、一方でなにか妙におかしくて、笑っちゃうようなところがある。ひょっとすると芸術と笑いというのは、通底する部分があるのかもしれない。

 そんな感じの一例が、パソコン通信で手にはいる、パブリック・ドメイン・ソフトウェアで体験できる。これは「MK」っていうわりと有名な自動文章作成ソフトで、これを使うと現代詩風のこんな文章をつくったりできるわけだ。

「私と虫たち」
 ラジオ体操第2をする
 私と虫たち
 ラジオ体操第2をする
 私と虫たちよ
 お前の背中は熱くなる
 それは!?
 そう、熱くなる背中
 ああ、それでも虫たち、
 秘部をまさぐる者を見よ

 アルゴリズム的にはそれほど高度なことをやっているわけではなくて、基本文のなかのいくつかの単語を、別に用意した辞書の中からランダムに選んで挿入するだけのものだ。ところが、選ばれる単語というのが、人間の予断ソフトウェアでは絶対に選ばれないようなものになる。そして、ガハハハハと思わず笑わずにいられないような文章が作られちゃうんだよね。

 こういうのを見ていると、人間とは異なったソフトウェアでできている知性があれば、それは芸術的な心を刺激するものになるんじゃないだろうかって気がしてくる。

 人工知能がきちんとした小説を書いたり、音楽を作曲するのはまだ当分無理だと思う。だけど、芸術の媒介者となることはそれほど難しくはないのかも知れないね。

(終わり)


 ちなみに、ラマチャンドランの『脳の中の幽霊、ふたたび』の中には、脳と芸術の関係を考察したアートの10の普遍法則の話がある。
 これは、ぼくのよりももっと広い意味での芸術全般について考えられていて、これもとても面白いよ。

最終更新時間 2005年10月21日 10:08

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