人はなぜ笑うのか(その2)
ところで、お笑い現象がなぜ生じるか、深層心理の観点から解明しようとした最初の人は、あのフロイトだった。
フロイトの深層心理論によると、人間の心には意識することができる自我(エゴ)の他に、超自我(スーパーエゴ)と、イドってのが、あることになっている。
超自我はモラリストで、社会的に正しい行い(思考)以外の一切を否定しようとするものであるのに対して、イドはワガママ勝手に、己の欲望のままに振る舞おうとする「本能」的な存在だ。ようするに、心の中には、天使と悪魔がいて、いつも戦い、葛藤しているというモデルのわけね。
超自我っつーのは、強力な検閲官で、悪い考えは、決してできないようにいつも見張っている。だから、普通は、イドの欲望ムキダシの思考はできないんだけど、でも超自我もそれほどお利口さんではないので、表面的な意味が問題ないなら、検閲を通しちゃうんだよね。
で、ユーモアは表面的な意味は問題ないので、検閲をすんなり通ることができる。でも、自我がそれを改めてゆっくり検討してみると、その意味がそーとー破廉恥だったりするので、すると、抑圧されていた心的エネルギーが一気に開放されて、嬉しくなっちゃう……とまあこう考えるわけ。
しかし、まあ、この考えは、それ自体がお笑いだなあって感じがある。なにしろ、深層心理理論っていうのは、それ自体、全く科学的ではないからねえ。
もちろん、人間の脳が、自分では意識できない情報処理を行っていることは、疑う余地もないくらい確実だ。たとえば、ぼくたちは、物理的には空気の複雑な振動に過ぎないものを、「キミヲアイシテルヨ」というささやきだと認知することができる。
こういう物理刺激から、意味を抽出するには、膨大な情報処理が必要になるけど、そのプロセスを人間は一切意識することはできない。つまり、意識以外の情報処理プロセスは確実に存在しているわけだ。
でも、だからといって、その無意識的な情報処理が、擬人的なサブシステムによって行われているという根拠は全くない。
フロイトが20世紀のはじめ頃に、人間の精神には、意識できる部分以外の領域があるということを洞察したのは、素晴らしい業績だった。だけど、その意識以外の部分を説明する、深層心理論は、それを実証する方法がないんだよね。だから、深層心理論は、面白いお話程度には聴けるけど、科学にはなりえないわけ。
実をいうと、人間の精神のような、分割してとりだすことのできないものは、これこれこうだからこうなるというような、原因論的に追求していっても、証明のしようがないので、科学にはたぶんならない。
じゃあ、笑いの科学というのは成り立たないのかというと、そんなことはないんだよね。そのためには、原因ではなく目的を追求すればいい。
笑いはいかなる目的に使用されるか、使用したら有効かということなら、その仮説を実証することは、原理的には可能だから、科学的な理論になりうる。で、この方向で、笑いについて考察しているのが、人工知能研究の第一人者の、マーヴィン・ミンスキーだ。
ミンスキーは、お笑いの笑い、笑いの発作のいちばんの特徴として、行動停止と、思考停止に注目している。
お笑い回路が活性化されていると、ひー、くるし~、もうかんべんしてくりーって、感じで、お腹は痛いは涙は出るは、それまでの思考を続けることは一切不可能になる。つまり、お笑いの笑いは、思考を停止させるし、それまでしていた行動も、遂行不可能にしてしまう力をもっている。では、なぜ、そのようなものが必要になるのだろうか。
ぼくたち人間は、何百万もの事実を知っているし、その事実をどのように組み合わせて推論したらいいかという、推論規則も同じくらいの数を知っている。
このとき問題になるのは、ある状況の時に、それにふさわしい事実を、ふさわしい推論方で推論するには、どうしたらいいかということだ。すぐにも反応を返さなければならない時に、その特定の目標とは全く無関係な推論規則をいじくりまわして迷走したり、同じ推論部分に堂々巡りしてもどってきたりしていたのでは、この素早く変化する世界の中を生き抜いて行くことはできない。
状況にふさわしくない、有効でない推論を避けるには、それを関知するセンサーが必要になる。そして、このセンサーが、お笑い回路を利用しているわけだ。つまり、ふさわしくない推論が始まると、逸早くそれをキャッチして、それ以上その推論が進まないようになっているわけだ。
ここで推論を進めないようにしているというと、そんなことはない、バカな話はいくらでも延長して行くことができると思うかもしれないけど、それはここでいう推論とは意味が違うんだよね。
ぼくたちは、世界を、フレームという予断の枠組みでもって、いつも眺めている。たとえば、そこにあるねじ回しは、ねじを回したいと思って手にとった時は、ねじを回すための道具だとしか思えない。
でも、実際には、その道具を切れの悪いナイフとして使うこともできるし、タコ焼きを突き刺す串として使うこともできる。つまり、ぼくたちは、ねじを回したいという状況下では、それをねじを回す道具というフレームで捉えているわけだ。
フレームというのは、あるものについての条件の羅列みたいなもので、抽象的な概念も含めて、この世のあらゆるものはフレームで表され、それがお互いにゆるやかなネットワークを作っている。そして、このフレームのネットワークは、生涯にわたる経験によって形作られて行く。
こういうネットワークでは、ほとんど必然的に無意味な連鎖ができてしまう。で、その連鎖に添ってフレームを起動する、つまり推論をすると、状況にふさわしくない推論や、どうどうめぐりがおきることになる。
ミンスキーは、あらゆる種類のユーモアにもっとも良く見られる要素は、思いがけないフレームの置き換えではないかという。ある言葉によって、その光景の要素すべてが、瞬時に全く異なった見え方をするようになるのが、ユーモアってわけだ。
こうした転換は、ほとんどの場合単なる無意味なものにしかならない。だから、笑いによって、それがバグであると印をつけておく必要がある。で、いっぺん印がつけられると、もうそのフレームの連結は起きなくなるから、だから一度聴いた笑い話は、もう余りおかしくはなくなるわけだ。
また、こういう自分のフレーム・ネットワークの内部にあるバグは、なるべく少ないほうが、いざという時に有利になる。だから、人間はフレームネットワークのバグとりをいつも熱心にできるように、お笑いが非常に快感として感じられるように作られているわけ。
ぼくは、こういった、思いがけないフレームの置換というのは、芸術の本性だとも思う。思いがけないフレームの置換が起きたとき、それが無意味にならず、新しい意味を産み出した時、それが芸術は爆発だーになるんじゃないだろうか。
フロイトの深層心理論とミンスキーの理論の大きな違いは、ミンスキーの側は、笑いを機械にインプリメントすることを考えているってことだ。
つまり、笑いというものを人間が持っているなら、それは情報処理のなかでどのように使われるべく、脳内に組み込まれているかという、目的論で考えられている。こういうアプローチだと、最終的にはこの理論に従って、人工知能を作ってやれば、理論を証明することができる。笑いは、確かにフレームネットワークのバグ取りとして、使えるかどうか評価できるから、充分、科学的な理論といえるわけだ。
いつの日か、高度に知的な人工知能が創られる時、その人工知能はきっと笑うことができるだろうね。なにしろ、ミンスキーがそういっているのだから、マチガイはないよ。
最終更新時間 2005年09月30日 03:01
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» くねくね科学探検日記~鹿野司氏との邂逅 from incompleteness thinking
せっかくの3連休なのだから、少しはブログ更新にエネルギーを費やそうかと考えていたが、そうは問屋が卸さないらしい。
あれやこれやと仕事が降り注ぎ、気がつけば交通... [続きを読む]
トラックバック時刻: 2005年10月10日 23:46
自分でコメント
そういえば昔、宇宙家族ロビンソンで、ロボット・フライデーが
ハハハハハハとか笑うようになって、記憶回路の掃除の音で
すとか(うろ覚えだけど)言っていたような気がするな。
笑いの話、あともう一回続きます。
投稿者 鹿野 : 2005年09月30日 12:35
鹿野様
いつも楽しく読ませていただいてます。
小さい頃、吉本新喜劇が好きで良く見てました。
つまらないギャグが何度もくり返されていく内に、なんだか訳もわからず、ケラケラ笑っていた覚えがあります。
今思えば、小さいコが「ウ○チ」とか「ち○ちん」とか叫んで笑い転げているのとほとんど変わらないような気もしますが。
この笑いも「思いがけないフレームの置換」に繋がるのかなあとちょっと疑問に思ったので。
でも、この笑いの方が、コンピュータは真似しやすいですね。
パターンに反応すればいいだけだから。
でわでわ♪
投稿者 けんちゃん : 2005年10月12日 02:08
笑いは瞬間的な情報の過剰流入によって起こるのではないでしょうか?
私も人間がなぜ笑うのか、不思議に思い、色々と考えていた時期があったので
意見交換でも出来ればと、メールさせていただきました。
私が笑いにおいて注目したのは、以下の三点です。
『なぜ笑い声を上げるのか』
『なぜ涙が出るのか』
『なぜ息苦しくいなるのか』
分析した結果、これらの反応には、いずれも、脳の情報処理(読み取り)能力を一時的に低下させる効果があると分かりました。
大きな笑い声を上げる・・・聴覚からの情報流入を防ぐため。
目を細めて(目を見開いて笑う人は存在しない)、さらに涙を流す・・・・視覚からの情報流入を制御するため。
酸素吸引量を下げる(笑うと息苦しくなります)・・・・・脳みその総合的な働きを低下させるため。
その間に脳みそは、瞬間的に受け取ってしまった(読み取ってしまった)大量の情報を処理し、オーバーヒートを防ぐのです。
爆笑できるチンパンジーは存在しない、笑いながら因数分解を解くことは出来ないなど、検証方法は他にも沢山あり、私はこれが笑いの根本原因であると思っています。
まだまだお話したいことが沢山あるのですが、迷惑でなければ、意見などを返信していただけると幸いです。
投稿者 広瀬由一 : 2007年01月19日 21:10










