心を読む機械とテレパシーマシン(その2)
テレパシーマシンという観点から、もう一つの問題は、脳からの信号で、どのレベルまでの情報がわかるのかということだ。
脳研究の現状から推定すると、少なくとも、斜めの縞模様(傾きの情報)と同じような視覚的特徴(色,運動方向)や、聴覚や触覚などの感覚、手足の動きなどは、ある程度解るようになる可能性が大きい。これらは脳の中でも、かなり大きな領域を占めているので、未来技術のような装置を使わなくてもパターンの認識はできるだろう。
だから、これで思考タイプライタを作ったり、ロボットや乗り物の操縦などへの応用もできるはずだ。
ただ、それが手足を使った操作、操縦より、優れたものになるかどうかはわからない。
思考で機械をコントロールできれば、手足を動かすタイムラグがないぶん、素早く動かせる可能性はある。だけど、実際のところ十分に訓練された肉体の動きは、思考の速さに比べてそれほど遅いようにも思えない。これについては、実際にそういう装置ができてみないと、本当のところは解らない。
それよりも、もっと早い時点での、意図レベルの脳活動を読みとる事ができるようになれば、肉体より素早い動作は可能になるかも知れない。このような活動は、前頭前野で起きる事が解ってきている。
この場合、意図を司る領域は脳内でもあまり大きくないので、手足の動きの情報などに比べると、機械で読みとるのは難しいだろう。それに、意図の段階の情報では、具体的な動作の精度はあまり高くない可能性もある。
さらに、より高次の脳活動の場合はどうだろうか。
たとえば、記憶や認知に関しては、現在はまだ、脳科学的にはほとんど何も解っていないに等しい。
ぼくの予想では、これらの脳活動を、外に静的な記号として取り出す事は、おそらくできないだろう。
なぜなら、たとえば同じ一匹の犬を見ても、それで引き起こされる思いは人それぞれだからだ。その犬に関連づけられている記憶は、まさにその人独自のもので、当然脳活動パターンも個性的なものになる。
その個性の違いは、縞模様を見た時の脳活動のようすが人それぞれ違っているということよりも、遙かに複雑で、本質的な違いだ。
神谷さんの実験で、ある人の脳情報を、外へ記号として取り出す事ができたのは、すべの人の脳の中に、ある傾きの縞模様に反応するカラム構造があるからだ。つまり脳の中に、人類共通の記号が存在しているから、それを外の記号と対応付けることが可能なわけだ。
これは、ある人の脳活動=他人には読めない達筆の手書き文字を、コンピュータに記録されたパターン=活字に、置き換えるような変換といえる。
しかし、ある人の頭の中の犬のイメージと全く同じものは、他の人の頭の中には存在しない。たとえば、Aさんにとってその犬は、どこにでもいる普通の犬に過ぎないのかも知れないが、Bさんにとっては、昔のガールフレンドが飼っていたのと同じ犬種で、当時の彼女とのエピソードまで想起されるというような事があるだろう。
その一連の思い出=脳活動は、抽象的な一つの記号に置き換える事はできない。つまり人類共通の記号は存在しないわけで、このレベルの脳活動をコンピュータに記録して外部に取り出しても、それは他の人の頭の中で同じ意味をもつ記号にはなり得ない。
また、何らかの超技術で、外に取り出した脳情報を、他の人の脳情報と関連づけようとしても、それは、文化が大きく異なっていて、対応する言葉がない国の言語の翻訳みたいなものにしかならないだろう。
たとえば上のBさんの犬のイメージを機械に記録して、Aさんの脳で再生できたとしても、AさんにはBさんの昔のガールフレンドの記憶がないので、Bさんの実感している犬のイメージは伝わりようがない。
それとも、Aさんの脳で犬のイメージが再生されると、Aさんの昔のガールフレンドの事が思い出されてしまうのだろうか。そうだとしても、それはBさんの犬のイメージと全く別のものだ。
さらにいうと、厳密には、同じ人が同じ犬を見た場合でも、見るたびに違う思いが浮かんでくる。ようするに、そのたびに脳活動は違っているわけだ。
つまり、脳活動は、脳の中にだけ原因があるわけではなくて、時々刻々変化する環境との相互作用によって形作られている。このことからすると、脳の中にあるその犬のイメージは、そもそも静的な記号に置き換える事に馴染まない。
結局、こういう記号化不能な脳の活動は、マシンへダウンロードすることも、それを介してテレパシーマシンを作る事も不可能なのだ。
ただ、実際にどのレベルの心=脳活動まで、記号として外部に取り出せるかは、まだ十分に解っているわけではない。そのあたりのところを考察していくと、ちょっと面白いSFになりそうな気もするなあ。
・参考
最終更新時間 2005年08月31日 15:45
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