育種と優生学(上)
バイオテクノロジー(生物工学)という分野があるよね。この言葉から、みんなは何をイメージするだろうか。
この分野は、これまで人間に計り知れない利益をもたらしてきた。それに、ものすごく大きな将来性も持っている。
コンピュータはここ30年くらい、爆発的に発展して、あらゆる分野の進歩を促してきたけど、この発展の速さもあと30年が限度だろう。代わって21世紀の中盤以降は、バイオテクノロジーから育った多くの分野が、社会の基盤を作っていくと思う。
そんなすばらしい分野ではあるのだけど、むしろ一般的には、どことなく気味の悪い、アヤシイ事をやっているって感じがあるんじゃないだろうか。
映画や小説などのドラマでは、バイオテクノロジーは、たいていヒドい出来事の原因として描かれる。『ジュラシックパーク』みたいに、人間を食べちゃう恐竜を復活させたり、人類を破滅に追いやる病原体を創り出すのは、いつもバイオテクノロジーだ。ゲームの『バイオハザード』みたいな、バイオホラーなんて分野もあるしね。
また、新しい研究がニュースで紹介される時も、「頭のないカエルができました」みたいな、とびきり気持ちの悪い話が強調されるように思える。本当はこれ、一個の受精卵が育っていくときに何が起きるかを調べる発生学の研究で、ある遺伝子が壊れると頭ができないことがわかったということなんだけどね。決して、「頭のないカエルを作ろうとして、それに成功した」わけじゃない。でも、ニュースでは、研究の意味なんてほとんど紹介されずに、ショッキングなイメージだけがバーンと表示されてしまう。
バイオテクノロジーの目的は、つきつめていえば、「人間にとって、より有益な生物を生み出すこと」にある。
つまり、品種改良(育種)を目的としているわけだ。実をいうと、人類はこういうことを遙か昔からやってきた。
たとえば、ペットとして歴史の古い犬、猫や、牛、豚、馬、羊、鶏などの家畜は、新石器時代から人間と生活をともにして、様々な改良が施されてきた動物だ。植物だってそうで、米麦をはじめ、僕たちの食べている作物は、ほとんど全てが育種の産物だ。
メンデルが遺伝の法則を発見したのは、18世紀の半ばのことだったけど、そういうものが明らかにされる遙か以前から、人類は、当たり前のようにバイオテクノロジーを行ってきたわけだ。
それでは現代のバイオテクノロジーは、古代からやられてきたものと、どこが違っているのだろうか。
昔の育種は、牛なら牛の集団の中から、良さそうな性質を持ったもの―たとえば肉質が良いとか、乳をたくさん出すとか、おとなしく人間に従うとか―を選んで掛け合わせて、より良い子供を産ませることで行われた。
ただ、これにはすごく時間がかかる。掛け合わせた子が良い性質を持っているかどうかは、それが大人になるまでわからないし、良かったとき次の世代の子供を産ませるにも、大人になっていなければならない。また、良い子を作るには、試行錯誤が欠かせないのだけど、その試行数にも限りがあった。すごく良い牛がいても、それが雌牛だと、産める子供には限度があるもんね。
しかし、現代のバイオテクノロジーなら、そういうプロセスを大幅にスピードアップできる。良い雌牛の卵細胞と、良い雄の精子で受精卵を作り、それを6つくらいに分けて、別の牛のお腹で育てるなんて方法で、一世代を短くはできないけれど、並列処理でスピードを稼ぐことができる。
また、かつては不可能だった、全く別の生き物の性質を与えることもできるようになった。たとえば大腸菌に、人間のホルモンを作らせることもできるわけね。
現代のバイオテクノロジーはすごいから、どんな生き物でも、自在に作り出せかというと、そうはいかない。やっていることは、原則として古代からの育種と同じだから、新しい有用な生物を生み出す時には多くの試行錯誤が必要になる。でも、短時間に膨大な量の試行錯誤が出きるようになったため、以前はできないこともできるようになった。現代のバイオテクノロジーを使った育種では、優れた家畜や作物を作るだけでなく、医薬品を作る生き物や、土に返るプラスチックなどの工業材料を作る生き物、あるいは、公害などの汚染を除去する生き物を、創り出す事もできるようになってきている。
育種という考えは、ものすごく強力で、無限の可能性を持っている。それだけに、取り扱いには注意しなければならないけれど、それはキモチワルイものとして遠ざけるべきじゃない。
最終更新時間 2005年05月31日 04:56
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