宇宙作家クラブ例会に行ってきた
日曜日は、宇宙作家クラブの例会に行ってきた。
宇宙作家クラブというのは、どこかしら宇宙と関係ある仕事をしている、小説家、漫画家、イラストレーター、ノンフィクション・ライターなどの集まり。
ロケットの打ち上げのときには必ず何人かのメンバーが現地に飛んで、ニュース掲示板に、どんなメディアよりも正確かつ詳細で早い情報のレポートを行う事でも有名だ。
この宇宙作家クラブでは、不定期に例会があって宇宙分野の色々な人の講演を聴くことができる。
今回は、すばる望遠鏡を使って、銀河や活動銀河核の研究を行っている、東北大学の谷口義明先生のお話を聞くことができた。
すばるは2003年に、128.3億光年彼方の、宇宙で最も遠い銀河の観測に成功している。これは今現在も、世界でトップの記録なんだけど、その観測の中心メンバーの一人が谷口さんだ。
お話で面白かったのは、銀河の進化の話になると、タイムスケースがものすごいことになっちゃうこと。
たとえば、渦巻き銀河のきれいな渦は、円盤銀河の周りを回っている伴銀河が落ちてできるさざ波で、銀河が数回転するうちには消えてしまうという。つまり、寿命がたったの数億年のはかないものなのだ。
それから、銀河は衝突しながら進化していく。
銀河はもともとダークマターの回りに作られるので、いつかお互いに衝突するようになっているんだよね。
銀河同士が衝突すると、その形は潮汐力で複雑に変化しながらやがて一つの楕円銀河に落ち着いていく。
このときも、星同士は何の影響も受けない。何しろ、銀河の空間密度は太平洋にスイカを二個浮かべたくらいだからだ。
シミュレーションによると、今から50億年後には、全ての銀河は衝突し合って、結局全部楕円銀河になってしまう。
つまり、今のように渦巻き銀河や棒渦巻き銀河など、色々な美しい形の銀河が見られるのは、宇宙の歴史の中でも限られた期間なのだ。僕たちは、ラッキーな時代に生まれたってワケね。
銀河の進化の様子を探るためには、できるだけ遠い=古い天体を見なければならない。これを深宇宙探査といって、大きな望遠鏡を使った長時間の観測が必要になる。
今現在見えている最遠方=最も若い銀河は、谷口さんたちの捉えた128.3億光年のもので、これは137億年前に宇宙が始まってから、9億年しか経っていない時の姿だ。
今の主流の考えでは、銀河は最初、太陽質量の100万倍くらいのガスから出発して合体を繰り返し、それが宇宙年齢1億年くらいするとようやく銀河の種らしきものに育つ。
それがさらに合体を繰り返して、9億年で、だいたい今の銀河と同じ質量(太陽の一億倍から一兆倍)にまで成長して、さらに2~30億年すると円盤構造などができる。
問題は、より初期の銀河の姿を捉える方法だ。
現在、世界にはすばると同じクラスの望遠鏡が10台くらい活躍している。しかし、深宇宙探査という意味では、これらはすでに限界性能に達している。
いちばん最初の天体は、宇宙誕生から1億年くらいにできているはずだけど、これは今の望遠鏡では見えないのだ。
そこで、それを可能にする次世代の望遠鏡が計画されている。中でも最大のモノは、ヨーロッパで計画中のOWL(アウル)という望遠鏡で、主鏡の大きさがなんと100メートル、副鏡ですら8メートル(すばると同じ)もある。
また、スペース・テレスコープも、口径6メートルのJWST(ジェームス・ウェッブ・スペース・テレスコープ)が、2015年に計画されている。
これらが動き出せば、宇宙で見える限りのものは見えるようになってしまうので、深宇宙探査という分野はほぼやり尽くされてしまうんだって。
あと10年少々で、一つの分野が完結してしまうかも知れないなんて、なんだかスゴイ時代だよなあ。
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困った時、ネットで調べもの
iTunesを使い始めてしばらくして、それまでWindows Media Player で聞いていた曲のいくつかが、ファイル一覧に表示されていない事に気がついた。
あれ、おかしいな、ファイルの読み込み漏れかなと思って、その曲を「ファイルをライブラリに追加」で追加しようとしても、追加されない。
どうも、Windows Media Player なら認識できていたファイルの中に、iTunesでは認識できないものがあるようなのだ。
こういう問題が起きた時の対策は、ネットで調べるのが一番だ。具体的には、「2ちゃんねる」の中になら、きっと役に立つ情報があるはず。
ただ、問題は、2ちゃんねるの膨大な「板(スレッド)」空間の中の、いったいどこに、この問題について話をしている場所があるかわからないことだ。
2ちゃんねるは良い情報も多いかわりに、全くどうでも良い書き込みも多くて、情報のS/N比はあまりよろしくない。
ソフトウェア板とかデジタルモノ板とか、ありそうな場所を片っ端から当たっていく手もあるけど、それをするのは時間がかかってかなり面倒くさい。
そこで、まずgoogle で検索をかけてみた。
検索語には、「iTunes 」と「2ちゃんねる」を入力。
すると、iTunes for Windows Part 14 という板がある事がわかったので、そこへジャンプする。
でも、Part14はすでにスレッドが1000を越えて、読めなくなっている。そこで、「掲示板へ戻る」をクリックすると、この板が、「Windows@2ch掲示板」にあることが解った。
これはちょっと意外な場所で、ありそうな場所を片っ端から探すやり方だと、見つけるのにかなり苦労したろうなあと思う。
それはともかく、Windows@2ch掲示板の板の一覧を見ていくと、「 iTunes for Windows 質問スレ 」というのが見つかったので、ここを見てみる。
すると、iTunes for WidowsFAQ へのリンクがあるので、まずそこを覗くと、どんぴしゃのものがあった。
「Q2.認識できないMP3ファイルがあるのですけど。
ヘッダの書き換えが必要です。SetMP3Flagでエンファシスという部分を00に書き直してやってください。」
つまり、MP3のファイルには、エンファシスという属性があるので、それをSetMP3Flag というソフトで00という値に書き換えてやると、iTunes が認識するようになるらしい。
そこで早速、SetMP3Flag のサイトに飛んで、ダウンロードした。そして、エンファシスをAll Frames に対してNoneに書き換えたら、無事、ほとんどのファイルは認識されるようになりましたとさ。
うーん、でも、それをやってもまだ2~3個、認識されないファイルが残っているなあ。まあ、これくらいなら我慢しようかな……。
ちなみに、2チャンネルの中の情報を探すときは、それ専用の「2ちゃんねる検索」
http://2ken.net/を使ったほうが早いかもしれない。
今回googleを使ったのは、ぼくの癖で、何かネットでしようとしたときは、なにはともあれまずgoogleという習慣ができちゃっているからだ。
皆さんは、ネットで調べモノをする時、どんなふうにするのだろうか。
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iPod shuffle を買ったよ
先週の日曜日に、amazon でiPod shuffle の1GBバージョンを買ったよ。
ぼくは80年代のはじめ頃には、将来オーディオはソリッド・ステートになるということを友達に言いふらしたり、原稿に書いていたのだけど、その現物をついに手にしたってワケだ。
iPod シリーズの良いところは、パソコンに蓄えておいた音楽が、簡単にシンクロできる事だ。
そのためのパソコン側のソフトがiTunesで、iPod shuffle も、最初にこれをインストールしないと始まらない。
そこで早速インストール作業を始めたのだけど、すぐにiPodのシリアルナンバーを入力しろというメッセージが現れた。
何い、シリアルナンバー?そんなものどこにあるんだと思って捜しても、パッケージには見あたらない。シリアルナンバーを書いてあるはずの紙が、白紙なのだ。
これじゃあiTunesのインストールができないじゃないかと不安になりながら色々調べると、本体の裏にあるという。で、あわててそこを見てみると、なんと0.1 ミリくらいの細かい文字で、何事か印刷されているではないか。
……し、しかし、読めん。老眼のぼくには、この細かい文字を読むことあたわず。しかも、困ったことに、家には虫眼鏡のような道具も置いていない。
さて、どうしようと、狭い家の中をうろうろして、雑誌の山をひっくり返すような、何だか無意味な行動をしているうちに、ふと机の上のコップが目にとまった。
お、この底の部分のガラスはレンズとして使えるかも。と、思って試してみると、多少画像は歪んでいるものの、見事シリアルナンバーを拡大して見ることができたのだ。
ふはははは、知性の勝利だ!と雄叫びを上げたのでした。
いや、冗談でなく。
こういう、ある問題に対して、あり合わせのもので、ナントカするという行為は、知性の本質に関わっているものだと思うんだよね。
たとえば、『アポロ13』という映画でいちばん盛り上がるのは、炭酸ガス濃度の上昇を抑えるために、四角いフィルターを円い筒にはめ込む方法を、宇宙船の中にあるあり合わせのもので達成するところだった。
料理だって、冷蔵庫の中のあり合わせのもので何か作っちゃえるというのは凄くかっこいいしね。
世界の困難を、あり合わせのもので切り抜けるということは、基本的に感動的なものなんじゃないだろうか。
しかし、後から考えると、シリアルナンバーをデジカメで写して、拡大して見る手もあったなと思ったりして。世界に対する答えは一つじゃないのだ。
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方向感覚のふしぎ
ぼくは自分のことを、かなりの方向音痴だと感じている。
道を歩いているとすぐに東西南北がわからなくなってしまうし、地下鉄の駅から出て目的地はあっちだなと思っても、まず正しい事はないからだ。
それだから、知らない場所に行く時は、方位センサーつきの腕時計とか、ハンディGPSのようなメカが手放せない。
もっとも、地図を見ながらなんとか目的地にたどり着く事はできるし、ロール・プレイング・ゲームの地形の中では、迷子になる事はないので、そう深刻な方向音痴ではないのかもしれない。
でも、ぼくの友人たちのなかには、抜群の方向センスを持った人が何人もいて、それがとても羨ましい。
たとえば、漫画家のとり・みきは、初対面のほとんど誰とでも、その人の地元の道の話題で話をあわせることができる。
それというのも、彼は色々な場所の地図がアタマの中にイメージとして入っていて、その人の住んでいる場所を聞くと、だいたい近くに何があるかがわかるのだそうだ。
自動車を運転したりしないのに、この地理記憶力は驚異的だと思う。
それから、運転がメチャクチャ巧い友人-助手席に乗せてもらうと、時速200キロを越える速度でも加減速が滑らかで、速さを全く感じさせない-は、知らない道でも、基本的に迷う事がないという。
彼の場合、知っている道がそもそも、もの凄く多い。しかもそれは、ある建物の次にこれがくるといった具合に、画像としてインプットされているらしい。だから、知らない道でもしばらく走っていると、知っている建物が出てくるので、自分の場所がわかるのだそうだ。
それからイラストレーターの横山功さんも、一度行った事がある道は決して忘れなくて、実際、1年前に一度だけ行ったことがあるヤヤコシイ道でも、自信を持って案内することができる。
こういう人たちのアタマの中は、一体どうなっているんだろう。おそらく地理のイメージを、画像としてかなり明確に持てているのだろうと思う。ただ、人によって俯瞰した地図の形でイメージを持っているケースと、次々現れる場面のイメージで覚えている人と、少なくとも二通りがあるような気がする。
ちなみに、ぼくの場合は、そういうイメージが本当におぼろげにしかない。行き慣れた場所については、場面の順番のイメージでアタマの中に入っているような気もするけど、かなり曖昧なのだ。だから、地図とかGPSのお世話にならないと、マトモに目的地にはつけないのでした。
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アタマのナカミは違ってる
前回紹介したファインマンの実験みたいなことは、実はありとあらゆるアタマのナカミについて、当てはまるんじゃないだろうか。
たとえば、以前イラストレーターの横山功さんに、電話番号を尋ねたことがあった。すると、彼は、その電話番号をまず紙に書いてから、「えーと、03の……」と教えてくれたのだった。
なんかオモシロイでしょ?
で、「ええー、どうして今、紙に電話番号を書いたの?」って聞いたら、なんでも横山さんは、自分でちゃんと知っている電話番号も、一度書かないと人には説明できないんだという。電話をかける時は、そのままプッシュボタンを押せるのだけど、人に説明するにはいったん紙に書く必要があるんだって。
うーん、これはひょっとして、横山さんの頭の中では、電話番号はタイプライターの配列みたいに、動作によって記憶されているのかもしれない。
ぼくの場合は、電話番号は頭から順番に音読しているように覚えている。だから、知っていれば誰にでもすぐに話すことができるんだけど、紙に番号を書くときも、いちいち頭の中でその番号を唱えなくちゃいけない。
アタマのナカミの違いを感じた経験は、実は大学時代にもある。そのとき、国文学科の女の子と話していて、その子は、漢字の間違いをする人がいるなんて、信じられないっていう。
しかし、ぼくはまあ、漢字なんてマトモに書けるほうが、少ないくらい誤字をやらかすんだよね。
そこで、どうして信じられないのって聞いたら、だって、漢字って、ぱっと絵みたいに頭に浮かぶから、間違えようがないじゃない、だって。
ところがぼくはそうじゃない。ぼくは漢字は、全体のおぼろげなイメージはあるけど、ある程度手を動かして書いていかないと、全体がわからない。なんか、書き順のシーケンシャルな情報として記憶されているみたいだ。
記憶術の達人なんて人たちがいて、彼らはその場で見たもの聞いたものを、ガンガン覚えて再現できる。何百桁の数でもたちどころに覚えて、いったいどういう脳ミソ持っとんじゃい、とか思うわけだけど、こういう人達は、記憶を自分のお馴染みのイメージと結びつけてやるらしい。
つまり、彼らはいつも確実に思い出せる一つのシーン、たとえば子供の頃に歩いた散歩道の思い出みたいなものを持っていて、そこを歩くと順番に見えてくる石ころとか木とかいったものに、次々に記憶したいものを結びつけていくんだと。
だから、ひょっとすると記憶力が良いといわれる人は、記憶とイメージを非常にうまく結びつけられる人なのかもしれないね。
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ワン・ツー・スリー
物理学者のファインマンは『「困ります、ファインマンさん」』(岩波書店)という本の中の「ワン・ツー・スリー、ワン・ツー、スリー」というコラムの中で、ちょっと面白い実験をやっている。
ファインマンってのは、どんなことでも不思議と思うと突き止めずにはいられない性格で、プリンストン大学の大学院時代に「時間の意識」を調べるために、頭の中で規則的に数を数えるってことを試したんだそうだ。
これはまず、頭の中で同じペースで60まで数えるんだけど、その結果48秒±1秒という、割と正確な時間になったんだと。その上で、走って心臓をどきどきさせたり、寝転がったりして、この時間感覚が変わるかどうか調べたという。
結果はゼンゼン変化なしだったんだけど、その過程で、頭の中で数を数えている時は、同時にできることとできないことがあることに気がついた。
たとえば本を読んだり、簡単な単語をタイプしたり、数個程度のものの数を数えて紙に書きつけたり、新聞記事の行数みたいなものは3+3+3+1で10行というまとまりにして数えれば、頭の中で60数えることと平行してできる。ところが、言葉を喋ることはできなかったんだよね。
で、その結果を友人たちに披露したところ、そのうちの一人が、数を数えながらでも話はできるけど、本を読むことなんかできないぞといいだした。そこで本当にそうかどうか、その友人に試させたところ、確かに喋りながら、正確な時間を示すことができる。
で、よくよく話し合ってみると、ファインマンは頭の中で順番に数を数えているのに対して、その友人は数の書かれたテープが移動して行く様子をイメージしていたんだよね。
だから、ファインマンは文字を読むことと数を数えることは独立してできたし、友人は喋ることと数を数えることは独立してできたわけだ。
で、二人ともできなかったのは、数を数えながら、本を音読するということ。これができる人には、ついにであえなかったそうだ。
ちなみに、ぼくはファインマン型だな。
みなさんは、どうだろうか。
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科学はお好きですか?
みなさん、科学はお好きですか?
このページをご覧になっているあなたには、こんな問いかけは無用かもしれません。ちょっとヘンテコなタイトルの、このページを覗いてくれたあなたは、おそらく相当の趣味の人に違いないからです。そのあなたには、科学の面白さは、改めて語るまでもない自明のことでしょう。
でも、ひょっとして何かの気の迷いから、このページを開いた人もいるかもしれません。そのあなたにとって、科学は果たして面白いものでしょうか。










