人生にも「効率」という考え方が必要かも?
仕事には「効率」という言葉が不可欠ですが、生きることに「効率」は不適切のような気もします。
なんだか、この言葉、人間味のない、冷たい感じもしてきます。
しかしどうやら「効率」は、仕事だから、人生だから、ではなく、それらに関わらず、「目標のあるところ」にありそうなのです。
目標があれば、それをいかに達成するかというプロセスの中で「効率」という視点が生まれてくる。
逆に目標を設定していなければ、達成すべきものがないために、どうしたらゴールに最短に到着するかもわからない。・・・そもそもゴールがありません。
仕事に不可欠なのではなくて、目標に不可欠なのです。「効率」は。
人生に「効率」がふさわしくないというのであれば、「人生に目標を設定すること」がナンセンスということにもなりかねません。
これからは、生きることに目標を設定するかいなか、また、いかに具体的に設定するかによって、将来に大きな差が出てくる時代になります。
これまで目標がなかったかというと、そうでもなさそうです。
これまでの目標は、みんな同じだったのです。
国に与えられた目標だったのです。
「マイホームを持つ」「自動車を持つ」「結婚して子供を作る」「結婚後の一家の大黒柱は夫」「会社に勤める」「定年まで働く」
個人が自分の生活に、自覚できる目標を持たなくても、社会や企業が「人々の生活はこうあるべき」と、大目標を掲げて、いわば組織的に達成してきたのです。
いまの中国などは、そんな感じのする国ですね。
来年の北京オリンピックに備えて、北京では、市民のマナーの教育、向上まで、国を挙げてやろうとしています。
成熟した社会になってきたわが国では、いよいよ、個々人が、人に与えられる人生ではなく、自分自身の人生の目標を決める時代が来ています。
最終更新時間 2007年09月04日 07:30
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