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2005/10/10

コルトバとマラガのスペイン料理(コルトバ、マラガ)

スペイン旅行シリーズの最後はコルトバとマラガです。スペイン特集の最終回で、いよいよクライマックスを迎えます。

■コルトバ

コルトバも歴史の古い街で、ローマ時代の哲人として有名なセネカはコルトバの生まれです。イスラム時代には後ウマイヤ朝の首都として栄え、最盛期には百万人の人口を誇りました(現在は30万人)。その後、レコンキスタ運動でキリスト教徒に征服されました。

コルトバやアンダルシア地方を調べていて面白かったエピソードをいくつかご紹介します。

後ウマイヤ朝絶頂期の王ラーマン3世は、実は金髪で、髪を黒く染めていたそうです。当時はハーレムに女性を囲む文化があり、美しい女性は動物のように売買やプレゼントの対象にされたり、あるいはより暴力的に、拉致監禁でハーレムに連れてこられたりしました。当時、美しいとされる女性は金髪が多かったらしく、混血が進んで金髪のラーマン3世が生まれたそうです。

レコンキスタの英雄、ル・シッド(マスネのオペラでも有名)は、キリスト教国に追放されたとき、イスラム教国のために戦いました。ル・シッドにしてみれば、レコンキスタは宗教的信条を巡る戦いではなく、単に職業軍人としての職場だったのかもしれません。

レコンキスタの完成やコロンブスの後援などの偉業を成し遂げたイザベルとフェルディナンドの両王は、1492年に、ユダヤ人追放令を発効しました。イザベルが執拗な信念を持ってレコンキスタを遂行したため国庫が疲弊しており、国庫増収を目的にユダヤ人を追放し彼らの財産を没収しました。偉人というよりは偏執狂(パラノイア)のイメージかもしれませんね。

スペインって、なんとも不思議で人間くさい国ですね。

コルトバの歴史地区は中央にメスキータと呼ばれる寺院があり、その周りにユダヤ人街が広がります。メスキータは当初イスラム寺院として立てられ、後年、内部の一部がキリスト教会に改造されました。両宗教が共存した何とも不思議な寺院です。エルサレムと違い、共存しているところが素晴らしいと感じました。

また、イスラムの時代にはエスニックであるユダヤ人と共存してコルトバに繁栄がもたらされました。経済を握っていたユダヤ人を追放した後の凋落(新大陸から金銀が流入したにもかかわらず膨大な戦費支出で何度か国家破産している。主な戦争相手は経済力をつけたネーデルランドで、そこではスペインを逃れたユダヤ人が活躍していた)を思うと、ダイバーシティ(多様性)を内にかかえて繁栄に繋げるという現代的課題を解くヒントがそこにはあるように思えます。

エスニック側からの体制への適応の仕方を見ると、ロマ(ジプシー)のフラメンコが面白いです。世界中に散らばった彼らはその地の文化を吸収して独自の文化を築く才能があります。スペインではフラメンコを発達させ、ハンガリーでも独特なジプシー音楽を発展させました。経済的にはフラメンコや闘牛での成功者を除いては未だに最下層に甘んじています。

これに対してユダヤ人は、経済的には中国の客家のごとく世界中に広がったネットワークで成功を収めました。しかし、ユダヤ人追放令でキリスト教に改宗したいわゆる改宗ユダヤ人が、体制に受け入れられたいがために、ユダヤ人狩りや魔女裁判の告発に最も積極的であったりして、その後も厳しい道を歩んでおります。

コルトバの、ユダヤ教寺院であるシナゴーグには中世最大の哲人の一人、マイモニデスの像がありますが、彼も迫害を逃れてエジプトに移住しています。そのシナゴーグに「違いを認めて仲良くしよう」と書いたプレートがあります。中世のユダヤ人の言葉ですが、今も昔も、全くその通り!でも、彼らが言うと言葉に重みが加わります。

さて、コルトバのレストランは、エル・カバーリョ・ロホとメソン・バシリオに行きました。エル・カバーリョ・ロホは美味しくサービスも抜群で、観光客も多いためか外国人対応にもそつがないです。一方、メソン・バシリオはご近所さんが集まる定食屋の風情で、より素朴な郷土料理が楽しめます。それでもミシュランや地球の歩き方に紹介されているので、その実力がうかがい知れますね。

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エル・カバーリョ・ロホ

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メソン・バシリオ

■マラガ

マラガでは歴史散策はやめて海岸でゆっくり過ごしました。ここはイギリス人などの保養地として発展しています。気候のせいもあり、女性は20人に1人位の割合でトップレスです。しかも子供からおばあちゃんまで含めてです。羞恥心も文化で学習するものなんだ、文脈を無視してこれを「いい、悪い」と論じることは意味がないんだ、と実感しました。(文脈を考慮して写真は割愛します)

また、マラガはピカソの生地でもあります。ピカソはここで10才まで過ごし、バルセロナに移りました。家の前の広場には鳩が遊んでいます。ピカソはこの鳩が大好きで、鳩の絵を沢山描いたり、娘をスペイン語で鳩と名づけたりしました。僕はピカソの溢れ出る力強い想像力が大好きで、機会があるごとに美術館に足を運んでいます。数年前にピカソが活躍したパリのピカソ美術館、昨年11月にはバルセロナのピカソ美術館、今年2月にはピカソが没した南仏ムージャンのピカソ美術館を訪れました。僕のピカソ巡礼も今回のマラガのピカソ美術館訪問で一区切りです。

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商店街。ピカソ風アーチが見える

マラガでは、エル・チニータスというタパス屋に入りました。ここは昔はフラメンコショーを行っていたタブラオであり、スペインを代表する詩人のロルカの祖父がフラメンコで活躍していました。ロルカには「カフェ・デ・チニータス」という作品がありますが、もしかしたらこのタパス屋のことかもと空想に耽りました。

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エル・チニータスの天井に生ハム用豚の太ももが並ぶ

最終更新時間 2005年10月10日 15:47

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