オーストリア料理 「カー・ウント・カー」(溜池山王)
今回は、オーストリア国家公認料理マイスターなる神田真吾シェフ率いる「カー・ウント・カー」をご紹介します。オーストリア宮廷料理のお店で「ハプスブルク家の晩餐」を再現したコースを頂きました。
まずは、「ハプスブルク家って何?」ということですが、中世から二十世紀まで、ウィーンを本拠に繁栄した名門貴族です。
オーストリア大公国、神聖ローマ帝国、スペイン王国、ポルトガル王国、ナポリ王国、トスカーナ大公国、シチリア、サルデーニャ、ベーメン(ボヘミア)王国、ハンガリー王国、オーストリア帝国(のちにオーストリア=ハンガリー二重帝国)などの大公・国王・皇帝を代々輩出し、海外植民地を含めると領土のどこかで必ず太陽が輝いている、「日の沈まぬ帝国」を実現したことで有名です。日の出ずる国・日本もまっさおって感じですね。カール大帝、フェリペ二世、マリー・アントワネットなどもハプスブルク家の人々です。
そんな名門貴族が晩餐会で食べていた料理、なぜ現代の東京で楽しむことができるのでしょうか。
そこで、神田真吾シェフの登場です。
神田さんは、調理学校を卒業後、一年間の全日空ホテルのレストラン勤務を経て、インスブルックの三ツ星ホテル、そしてウィーンのインペリアル・ホテルのレストランで修業し、東洋人で初めて、オーストリア国家公認料理マイスターの資格を取得された方です。
その試験は半年かけて行われ、一年に10人程度しか合格しない、しかも一度落ちたら再受験はできない、大変厳しい試験だそうです。しかし、合格のあかつきには、一流ホテルの総料理長を約束されるような地位を手に入れたことになります。ビジネスの世界ではひと昔前のMBAといったところでしょうか。
その神田さん、オーストリアの伝統料理にとりつかれ、ホッフブルク王宮などで実際にオーストリア皇帝が食べていたメニューなどを調査してまわったそうです。
「ハプスブルク家の晩餐」は、そのような神田さんの思いがタップリ込められて、実現した企画でした。
頂いたメニューは、
・鶏のズッペ ピューレ仕立て カルトフェルクーゲルと共に
・仔羊のクロケッテン フェンネルのパステ ロートヴァインソース
・カワカマスのノッケルン 白ワインソース ハーブ風味
・ファイルヘェンソルベ
・乳飲仔牛ロース肉のロースト 皇帝風
・ザッハトルテ
さて、そのお味はというと、、、
一緒に行った友人たちは「ちょっと違う、、、」との感想。・・・あれ?
おそらく私の友人たちがイメージしたのは、フレンチやイタリアンの延長だったのだと思います。でも、オーストリア宮廷料理は、それとはかなりかけ離れた文化圏の料理でした。
それは、ルノアールやモネとクリムトやエゴン・シーレとの違い、ドビュッシーやサティーと、マーラーやアルバン・ベルクとの違いといったら、ピンとくるでしょうか。それほど違うのです。
私は、「ハプスブルク家の晩餐」の最初の一口を食べたとき、なぜかハンガリーの庶民食堂で食べた料理の雰囲気を思い出しました。考えてみれば、ウィーンはオーストリア=ハンガリー二重帝国の首都。昔はオスマン・トルコによるウィーン包囲もありました。オーストリアは、地理的にも文化的にも、ハンガリーやトルコに近い部分もかなりあるのかなぁと思いました。
このような文化のベースを持った上で、当時のウィーンは全世界の人々が行きかう国際都市だけあり、異文化を独特な方法で取り入れた、洗練された趣味も持ち合わせています。それは、同じオーストリアの田舎料理とウィーン料理を比べれば一目瞭然です。
神田さんのウィーンでの修行先、インペリアル・ホテルの隣には、世界最高のオーケストラ、ウィーン・フィルハーモニーで有名な楽友協会があります。神田さんは一流の指揮者(chef d'orchestre=オーケストラのシェフ)によるウィーン・フィルの演奏を楽しんだあと、今度は自分が厨房のシェフとして、意気揚々と厨房に向かったと回想されています。
一度、モーツァルトやベートーベン、あるいはヨハン・シュトラウスのワルツを思い浮かべながら、「カー・ウント・カー」の料理を楽しんでみてはいかがでしょうか。
*基本情報**
店名: カー・ウント・カー
住所: 東京都港区赤坂1-4-6
電話: 03-3582-6622
**TPO**
■友人と食べ歩き
■家族と
□短時間で手軽に
■デートで
□合コンで
**予算***
□~3,000円
□3,000円~7,000円
■7,000円~
最終更新時間 20:14 | コメント (1) | トラックバック (0)
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ザルツブルクで、K+K(カー・ウント・カー)というレストランに
入ったことがあります。歴史のありそうな内装のお店でした。
伝統のある名前だと思いますが、名前の意味やルーツは
わかりませんでした。
名前の由来等も教えていただけるとよいと思いました。
投稿者 市原 敏秀 : 2009年04月27日 21:05









