古都を訪ねて
中国での反日運動に関するブログを書いてから、いろいろな人と日本の歴史について話すことが増えている。ある中国人の友達は、第二次世界大戦中に天皇が果たした役割をもっと客観的かつ批評的な見方で理解できるようにと、ハーバート・P・ビックス(Herbert P. Bix)の著書『昭和天皇(Hirohito and the Making of Modern Japan)』という本を薦めてくれた。この本は米国占領軍と日本のメディアによって大戦中の天皇の役割が極めて組織的に隠ぺいされていた実態をうまく暴露しているのが特徴だ。
今、読んでいるところなんだけど、ビックスについては、明らかにした事実に基づいてのみ物事を結論づけている傾向があると思われ、そういう部分に僕は必ずしも同意しない。とは言え、日本に興味がある人には是非お薦めする一冊だ。

この本を読んでる最中に、僕の故郷でもある京都を訪れたんだけど、日本の慣習がこれほどまでに天皇の周辺に組織化されていたのかと心底驚いた。天皇は、国民を支配するためにさまざまな権力の地位をさまよった時代があったものの、125世代ずっと変わらない立場にとどまっているし、権力の地位などに関係なく、天皇は日本文化の大部分において中心となる存在だ。例えば、京都は「右京」と「左京」に分かれているが、これは東西によってではなくて、天皇から見て右手にあるか左手にあるかによって分けられたものだ。新幹線は京都から東京(新しい首都)へと天皇がお住まいになられる方向へ向かって来るものは「上り」、天皇がお住まいになられる所から遠ざかっていく方向は「下り」と言う。
また、表象や名前を見れば各寺院と皇族との関係が一目で分かるようになっている。僕らを案内したガイドさんだけし、あるいは僕が敏感になっていたのかもしれないけど、このガイドさんは何かの説明をする度に天皇の話をしていたような気がした。
個人的には天皇制の有無に疑問に感じるし、戦争に天皇が関わっていた事実についてはもっと公にされるべきだと思う。しかし、天皇や皇族がいなくなったとしたら日本文化の礎はどう変化していくのだろうかと同時に思う。
追記:僕のflickrにこの旅の写真を上げておくよ。
最終更新時間 2005年06月29日 15:57
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.blwisdom.com/mt/trackback/485










