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2005/05/11

母国語と外国語 5

GW明けの今週、皆様バリバリとお仕事されておられることかと思います。

さて、前回の「母国語と外国語 4」で掲載したAちゃんのエッセーですが、内容理解はOKでしたでしょうか? 答え、というわけではありませんが、「細かいところまで分かりたいのに分からなかった」という方のために今回は同エッセーの和訳を掲載いたします。

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タイトル:『アイデンティティーの喪失』

リード:
近年以前より多くの母親たちが、わが子に宇多田ヒカルのように流暢な英語を身につけさせようとしてインターナショナルスクールへ送りこんでいる。しかし、子供たちは本当にこうした学校から何かを得てばかりいるのだろうか?
Aのバイリンガルの母は彼女のためを思い娘をインターナショナルスクールへ通わせた。12年間のアメリカンスクールでの生活を終えて、Aは確かに多くの日本人たちが得ることのない機会に恵まれたと感じた。彼女はいまや日本語よりもずっとうまく英語を話すのだ。しかし、この経験は自分を日本の社会から遠ざけてることにもなってしまったと彼女は考える。

本文:

自分は特別だと思ってた。
自分は賢いような気がしていた。
無理せず2つの言語を話せる自分に誇りを持っていた。

いま、私は自分のアイデンティティについて困惑している。私は日本で生まれ日本で育ったけれど、今肌の下にある体は「日本人」という気がしないのだ。文句を言ってるのではない、途方に暮れているわけでもない、ただ12年間のアメリカンスクール生活を経て自分のアイデンティティについて疑問を持ったところでつまづいてしまった。

私のようにインターナショナルスクールに通っていても完全な日本人であるような人間は、周りの高い期待に応えなくてはいけない。西洋の文化も深く理解しなくては学校で落ちこぼれてしまう。しかしいったん家に足を踏み入れると、自分の顔を変え今度は日本人としての部分を見せなくてはいけない。そうしないと自分の両親から離れてしまうように感じるからだ。

日本で流行っているポップソングを知っているのと同時にMTVの「トップ20ビデオカウントダウン」で毎週紹介されるような歌を全部知ってることを楽しんでた頃もあった。映画館に行くとハリウッド映画のジョークを笑ってるのが自分だけであることが好きだった。でも現実の世界ではこれらのことが自分をどこかに導いてくれるわけではない。

もちろん、英語と日本語の両方で、「誰が誰を好きか」とか話したり先生の文句を言ったり出来るのだから、完全なバイリンガルのふりをしながら高校での時間をやり過ごすことぐらい出来るだろう。でも、こうしたことが出来たからといって、どちらかひとつの文化の中で自分を本当に安心させることは出来ないのだ。

これまでの人生の中、私はアメリカ文化と日本文化の間を飛び回ってきたけれど、これは日本人としての性質の一部を捨てることでもあった。クラスメートに好かれるためにアメリカ人みたいに自分を表現するようにもしなくてはいけなかった。同時に電車やバスの中では普通の日本人女子校生のように静かにしていなくてはいけなかった。

無意識に私は自分自身を「自国の中の異邦人」に作り上げてしまったのだ。私は同年代の日本人の主流にちゃんと適応することが出来ない。私は日本人や日本のテレビ番組やファッションの流行(金髪や厚底ブーツとか)を批判しながらも、自分が批判していることにすら気づかない。

少し前に誰かが私のことを「自分の国を差別する人間」と言ったことがあった。それまで私は自分がしていることが間違っていると思っていなかった。言われて初めて私は西洋文化を知っていることだけで自分が他の日本人よりも上であると勘違いをしていた自分に気づいたのだ。

以前は電車で友達と英語で話している姿を周りの人が見ることにとても満足していたこともあった。でも今は、これ以上目立ちたくない。私はただ、この国で皆と同じでいることに幸せを感じたい。そのためにたとえ厚底ブーツを履いて、髪の毛を金髪にブリーチするような極端な手段を取らないといけないとしても、私は本当の日本人になれたと感じるためならそうしなくてはいけないのかもしれない。私は日本人であることに誇りを持ちたいのだ。それが実現して、ようやく私の両足はこの国の地面に根を下ろしているのだと感じることが出来るようになったらいいと思う。

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以上です。

さて、次回は反対に両親の海外赴任により外国での生活を同じく経験した中で、比較的うまく両方の言語を習得する「日本人」となり得た人に話を伺いたいと思います。

(続きます)

最終更新時間 2005年05月11日 13:19

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私は日本語で育ちましたので、Aさんの気持ちが十分理解できない部分もあります。また、考えることもたくさんあります。

英語に興味を持ち、考えの変化があったと思っている私にとっては、いろ~んな意味でとても興味がある内容です。
続きがとても楽しみです。

投稿者 ちーぼー : 2005年05月12日 20:18

ちーぼーさんコメントありがとうございます!
このテーマ長くなっちゃってなんだか申し訳ないんですが・・・まもなく完結です。良かったらお付き合いくださいませ。

投稿者 伊東 : 2005年05月16日 18:12

私は主に中学・高校時代をアメリカで育った帰国子女です。小学校をすべて日本で過ごしたせいか、読書が好きなせいか判りませんが、日本語はマトモでして、自分で言わない限り帰国子女だとばれたことは一度もありません。TOEICはほぼ満点が採れますが、やはりNativeとはぜんぜん違います。

このシリーズの最初の方に、「易しい日本語の蓄積がないので、日本語に対する感性がいまいち」というような話がありましたね。私の場合、英語でそれを感じています。案外、易しい言葉が難しいのです。ジュニア小説を原書で読むと知らない単語が続出です。

普段、仕事をする時は困りませんが、仕事という枠を超えた表現で、知らない英語が一杯あります。言語に対する感性というか、深み、広がりというものは、幼年期をその言語で過ごした者しか身に付けることができないものじゃないかと感じています。ですから今回のテーマには非常に共感しています!

投稿者 ぶー64号 : 2005年05月30日 16:44

ぶー64号様、コメントありがとうございます!
私自身は同じ経験をしていないのできっと共感し得ない部分も沢山あるのでしょうが、ぶーさん(でいいのでしょうか?)のような方にとっては毎日つきあわざるを得ない問題なのでしょうね。私もこのテーマを書き始めて思ったより多くの方から反響を頂いて驚いています。こうやって大人になって多かれ少なかれギャップを感じている方々がそれを埋めるためにはやはり読書をどんどんしていったりして、さらにインプットを増やしていくしかないのでしょうか。興味深いです。

投稿者 伊東 : 2005年06月14日 13:32

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