諸葛亮孔明の「プレゼン」
忘れた頃に書いてみる三国志とプレゼンというシリーズ。
三国志というストーリーはあまりにも遠大で、どこがクライマックスなんだか決めにくいのですが、その中でのある種のクライマックス的決戦が「赤壁の戦い」でしょう。
それは、曹操率いる魏国の攻勢で危機的状況にある劉備玄徳陣営が、孫権率いる呉国との同盟に活路を求め、ついには同盟に成功して決戦に持ち込むという血湧き肉躍る三国志中盤の大ヤマ場です。
その戦前に同盟を締結するため、諸葛亮孔明が呉国に乗り込んだのですが、呉は「開戦派」の将軍たちと「非戦派」の重臣達に二つに別れる状況となっていました。
曹操の軍は百万とも言われ、「降伏=非戦論」が主流になっていたのです。
しかも、同盟を唱える孔明の劉備陣営は実は壊滅寸前。
組んだところで大した力になるとも思えない。
そんな不利な状況下、呉の「非戦派」の重臣達と大論戦を繰り広げ、ついには同盟締結=開戦に導く大仕事をやってのけたわけです。
これは、形からすると孔明と呉の重臣達のディベートですが、孔明は単にディベートで言い負かすのではなく、孫権や開戦派周喩将軍の性格を良く読み、「相手にあわせて」言い方を使い分けて成功に導いています。わざわざ相手を怒らせたり、詩文を読んでみたり演出や小細工も施しています。
で、最後は孫権が開戦の決断を下したわけです。
ですから、わたしはディベートは一部分で、総体的には諸葛亮孔明の大プレゼンだったと見たいですね。
そのプレゼンの目的は当然主君劉備の苦境を救うこと。
そして、呉の力を借りて魏と対抗しつつ、成果物はいただくというものだったわけです。
「赤壁の戦い」の戦後のどさくさに紛れ、劉備陣営は荊州一帯をちゃっかり制圧して、領土としています。
たとえれば、大手スーパーの進出を受けて倒産寸前の地元商店が、中規模専門店と手を組んで大手スーパーを撤退に追い込んだようなものでしょうか。
しかも地元商店が、後処理に追われる中規模専門店を尻目に、撤退した跡地にさっさとショッピングモール開いたようなもの。
もし今孔明が生きていたら、プレゼンの達人としてあがめられていることでしょうね。
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最終更新時間 2007年10月22日 07:12
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