「乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない」での勝ち組論
今年読んだいろんな本の中でも、かなり重要な位置を占めそうな新書「乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない」を読み終えました。
著者の橋本治さんの「上司は思いつきでものを言う」も、かなり面白かったですが、今回の「乱世を生きる」は、軽い文体でありながら、奥底ですごい大事なところに触れているというか、橋本さんかなりの覚悟で書いたのではないかという感じの本です。
とはいえ、タイトルに相違して、ほんとうにわかりやすく、理論立てて、たまに軽く自嘲しながらも、人生にとって大事なこと、この国が直面している大きな曲がり角について述べている本です。
中身が濃くて、もう何度か読まないととても要約など出来ませんが、印象に残ったのが「勝ち組と負け組」という分類はいかにも単純化されたものに見えるけれど、大事なことを覆い隠してしまう役目を果たしているという内容です。
また、「勝ち組」というのは単に貧富のことだけではなく「知性」とくに「未来への展望があるか」というところまで表して(規定)しまっている、というくだりもハッとしました。
こんな明快に規定した文はめったに見ません。
ふだん「勝ち組・負け組」という言葉自体嫌いなわたしすら、なるほどと感じ入ってしまいました。
つまり、「勝ち組・負け組なんて分類意味ねぇーよ」とか言っているわたしもすでに怪しいのです。
そう、あんまり未来への展望はないのですよ。
妄想はたくさんありますけど。
あんまり、そんなこと考えていると週の初めからブルーなので、橋本氏が述べていた小ネタを最後に。
元々「勝ち組」とは、太平洋戦争が終わった後も、南米あたりに住んでいる邦人で、「日本は実は勝った」と信用し続けたグループがあったそうで、彼らを「勝ち組」と呼んだことに端を発するものらしいです。
ぜんぜん意味が違っちゃっているわけですね。
最終更新時間 2005年11月28日 05:25
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