ぶ厚い企画書にはサマリーが欲しいです
せっかく100ページをはるかに超える企画書を説明してもらったにもかかわらず、その会社とは契約に至りませんでした。
むろん、100数十ページといっても、他の企画書からコピペしたものやら、既存のフォーマット利用したものやら、オリジナルに作成したページはいいところ数十ページでしょうね。
その中でもとくに力点入れてつくられていたページは数ページだったような記憶があります。
そのプレゼンが終わって、しばし考えました。
こういうプレゼンが実は当たり前で、こちらが悪いのだろうか?
(1)ぶ厚い企画書と長い説明について。
■とくにシステム設計にかかわる話であるから、微細に説明する必要がある。したがって、企画書はぶ厚くなるし、プレゼンが長時間に及ぶのは当然である。
●したがって、それぐらいの時間辛抱してちゃんと聞かないこちらの体力・気力が情けなさすぎる。
(2)たくさんの人が来たわりに、一言もしゃべらず撤収していったことについて。
■大きなプレゼンとなると、どんな質問や思いもかけない状況が起きるかもしれない。したがって、たくさんのエキスパートや決裁者が同行するのはあたり前である。
●今回みなさんが何にも言わず撤収していったのは、こちらの質問がヘボ過ぎたので答えるまでもなかったからである。
(以上すべてわたしの想像)
いやー、どうなんでしょうねえ。
ただ、百歩譲ってそうだとしても、次の事実は動かしようがないと思うのですよ。
a)提案先をアタフタさせて気分を損ねた
b)長時間の集中を強いられて、モチベーションが下がった
もしかして内容素晴らしかったかも知れないのに、それ以前の問題で失敗するのはもったいないですよね。
数年前まだそんなにカラーレーザープリンターがいまほど速くなかった時代です。
100数十ページ×14人分ものプリントアウトはタイヘンだっただろうとか、その分「樹木」に換算すると何本分ぐらいだろう、環境にやさしくないとか、そんなことばっかり思い出してしまうのです。
10ページ程度のサマリーを作っておいていただければよかったのに!
それで、いろいろパラメーターが変化して変る内容については、あとで資料として読んでおいてください、という風に進めていただければよかったのに、と強く思うのです。
以前書いたかもしれませんが、集中して人の話を聞いていられるのは、いいところ15分です。
ところで、それでもわからないのが、無言の行者のみなさまの存在です。
これもわたしの邪推ですが、
◆会社にいても用がないからプレゼンにはお付き合いして直帰する
◆プレゼンに出るのが大好きだがしゃべるのは嫌である
◆たくさんで押しかけたほうが圧力があってプレゼンに有利であるし、全社をあげているように見える
◆とにかく「プレゼンの場にいた」ということを後で主張するための「既得権づくり」の活動である
実際はどうなんでしょうかね?
とにかくぶ厚い企画書を提出するときはサマリーを、と強く言いたいわけです。
最終更新時間 2005年05月31日 10:24
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