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3G向けチップ開発のベンチャー企業として知られる株式会社鷹山(YOZAN)は、1年かけて完全に業態を転換、去る2002年10月1日IPデータ通信サービス提供を目指す新YOZANとしてスタートした。同社代表取締役社長 高取 直氏に業態転換の理由や新しい事業の展望について聞いた。
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3Gマーケット立ち上がりの困難性を通し、業態転換を遂行
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――現在の事業の概要をお聞かせ下さい。
2001年9月から1年をかけて、3G(第3世代携帯電話)向けチップの開発企業から首都圏1都8県にまたがるIPデータ通信サービスの提供を目指す第一種電気通信事業者に転換する作業を行い、去る2002年10月1日業態転換を完了しました。2001年12月のポケベル会社吸収と2002年8月のPHS事業譲り受け、そして3G向けチップ開発事業からの完全撤退という一連のプロセスは大変困難な作業でした。とりわけ、3Gは素晴らしい技術で、その開発と普及に大きな夢を持っていましたから、手がけてきた3G事業の幕引きは涙なしにはできない大変つらい作業で、正直言って今でも無念さが残っています。
――業態転換を行った理由をお聞かせ下さい。
欧米のキャリアとの様々な交流をずっと行ってきて、これから3G向けチップ開発に力を注いでいこうという矢先に、欧米で3Gは展開されないということがはっきりしたので、転換を決意したのです。3Gは技術としてもビジネスとしても心の底からやりたかったのですが、チップ市場の立ち上がりや拡大が見込めないことが明確になった段階で幕引きを決めました。大手企業ならともかく、マーケットがなければ、ベンチャーとしては事業の継続は不可能です。3G向けチップ開発会社として最後となる、今年度上期決算は予想した売り上げをはるかに下回り、本当にマーケットが存在しないという「無から生まれて無に帰した」ような終わり方だったので、悲しみも二重でした。
――事業からの撤退は新事業を起こすよりもはるかに難しいといわれますが。
本当に神経を張りつめた毎日で、こんな経験は一生に一度で十分です。しかし、このプロセスを通して、私自身も含めてYOZANの事業ドメインは何かを明らかにして、出発点を見定めようと徹底的に芯だけを洗い出す作業を行いました。例えば、税効果会計で7億円程度計上していましたが、利益が未実現であれば水増し利益になってしまうので、すべて除外しました。9―10月のPHS端末の売り上げも全部10月以降に回しました。このように本当に徹底的にすべてを削りに削って、YOZANの本当の芯が最終的に明らかになったのが、11月初めです。これを見て私は、新YOZANは十分闘っていける、新しい事業に挑戦していけると確信を持ったのです。借り入れはゼロ、キャッシュ・フローはある。前期は3億円という何とも恥ずかしい売り上げですが、10月以降は月商10億円、さらにPHS事業譲り受けに伴う事業支援金が毎月10億円キャッシュで入ってくる。マーケットでの批判は覚悟していますが、悪材料は完全に出尽くして、これからは新事業にかけて前に進むだけのところに立つことができました。
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