− 第3回 −
「東京油田」を掘り起こし、てんぷら油で自動車を走らせる
染谷 ゆみさん
株式会社ユーズ 代表取締役
(2008年9月8日公開)
原油価格が高騰し、地球温暖化の影響が深刻になり始めている今、使い終わったてんぷら油などの廃食油をディーゼルエンジン用の軽油に再生した“VDF”に注目が集まっている。開発したのはユーズの染谷ゆみ氏。染谷氏は生活排水として河川に流されたり、ゴミとして捨てられている廃食油を再資源化することで、「東京が油田になる」ことに気づき、1993年から活動を続けてきた。ようやく時代が染谷氏に追いつき、「東京油田」が徐々に姿を現しつつある。
廃食油が軽油に生まれ変わる
東京都墨田区にあるユーズには毎日のように使い終わった茶褐色のてんぷら油が送られてくる。中には歳暮か中元でもらったものか、賞味期限切れの開封されていない植物油もある。
「まだ、使えそうですけど賞味期限切れじゃね。もったいない話ですよ」と、ユーズ代表の染谷ゆみはいう。
これらの油がディーゼルエンジン用燃料の軽油に生まれ変わる。1993年に染谷は父、武男(現・染谷商店会長)の協力も得て効率的な廃食油の再生技術を確立し、「VDF(ベジタブル・ディーゼル・フューエル)」を開発した。
100リットルの廃食油から95リットルのVDFが生まれるが、大気汚染の原因となる硫黄酸化物はゼロ、黒煙は軽油の半分以下というクリーンな燃料である。燃費も軽油と変わらず、通常のディーゼル車で使用できる。
生物由来の油から作る軽油代替燃料は「BDF(バイオ・ディーゼル・フューエル)」と一般的に呼ばれるようになったが、実はVDFもBDFも染谷商店の登録商標である。
「原油高になってVDFが軽油よりかなり安くなったものですから、欲しいという声が多いのですが、まだまだ回収量が少なくて応え切れません」
レギュラーガソリン価格は7月初旬現在で1リットルあたり180円を突破する地域があり、軽油も東京で150円台だが、VDFは136円(税込み)と割安だ。作れば作るだけ売れるのだが、なにしろ廃食油の回収量が月100トンと限られている。
回収先は飲食店など業務用の油が大半であり、一般家庭からの回収はまだまだこれからだ。
国内で消費される食用油は年間200万トンといわれ、廃棄される油は約40万トンもある。そのうち半分の20万トンは業務用であり、大半が回収され、飼料や石けん、塗料などにリサイクルされる。だが、一般家庭から廃棄される残り20万トンはそのまま生活排水として河川に捨てられるか、固めてゴミとして捨てられている。いったん河川に流れ出ると、大さじ1杯の油を魚が生きられるまで薄めるにはなんと風呂桶17杯もの水が必要だ。廃食油の回収は環境保護の上でも重要である。
しかし、ユーズだけで全国の廃食油をリサイクルするには限度があるので、VDF製造のミニプラント“エステルボーイ”を開発し、98年から販売している。1台1500万円、小型サイズの“エステルボーイジュニア”は500万円だ。自治体や食品工場、給食センターなどが購入し、累計で20台ほど出荷している。
ユーズが製造、販売するVDF製造のミニプラント“エステルボーイ”。廃食油を投入して、スイッチを入れるだけで簡単にVDFが生産されるので、特別な技術や専属オペレーターは不要。
「TOKYO油田2017」プロジェクトがスタート
染谷氏を支える社員たち。現在は12名だが、かつては倒産の危機もあり、5名が辞めたときもあった。みな、廃食油リサイクル活動に共感し、「TOKYO油田」発掘のために、毎日、廃食油を回収している。
染谷はこの一般家庭の20万トンを回収する運動を続けており、昨年からは「TOKYO油田2017」をスタートさせた。2017年までに東京のすべての廃食油を回収しようという挑戦である。そのために、個人宅やマンション、自治体、公共施設などに「回収ステーション」を設置したり、プロジェクトに参加してくれる協力店を募っている。
まだ、回収ステーションは14カ所、協力店は15店ほどと緒に就いたばかりだが、油という字をデザインした「TOKYO油田」ステッカーが貼ってあれば、プロジェクトの一員だ。
「回収ステーションをもっと設置してほしいという声が多いので、現在、大手スーパーや牛乳販売店に設置してもらえるように交渉中です。首都高速道路とも、パーキングエリアの売店の廃油回収や高架下にステーションを置くことなどを相談しています」
今年6月から始まったばかりだが、首都高速では道路維持作業車にVDFを利用しており、環境負荷の軽減に協力している。
染谷がなぜ環境保護やリサイクルの道に入ったかといえば、世界を放浪中、九死に一生を得た体験があるからだ。
高校卒業後、染谷は大学進学と就職に疑問を持ち、1年間の世界放浪の旅に出た。まず、中国からチベットに入り、山を切り開いた道を登ってネパールへ国境越えをしたとき、後方でいきなり土砂崩れがあり、大きな岩石が落ちてきて、道をえぐり取っていった。もし、10分遅れていたら確実に染谷はこの世にいなかった。
地元の人たちは「木もほとんど生えない標高5000メートルの高地に無理やり道路を作るから山がもろくなった。これは天災でなく人災だ」と染谷に語った。
「観光客のために山の生態系を壊して住んでいる人たちに大きな迷惑をかけていることにショックを感じました。当時の日本はバブルの終わりのころ、消費が美徳と呼ばれている中で、経済的な発展が自然破壊につながることを知って衝撃を受けたんです」
その後、染谷はネパールで病気を患い、やむを得ず帰国した。周囲に環境保護の重要性を訴えるが、何の関心も示さない。友達からも「海外へ行ってピントがずれたんじゃないの」といわれた。
エコロジーとエコノミーのバランス
生活のために旅行会社に就職するが、やはり環境にかかわる仕事がしたかった。環境関係のボランティア団体にも属したが、「社会運動では長く続けられない」と思った。
そのとき、父、武男の経営する染谷商店の存在に気づいた。祖父の代から廃食油を再生し、飼料や石けんを作っていた染谷商店こそ地に足のついたリサイクルビジネスだった。
武男は4人の子供がこの仕事を継ぐわけがないとあきらめていたが、ゆみが入社することとなり、営業企画部門を作り、廃食油の新規用途開発を始めた。その中で、軽油代替燃料のアイデアが生まれ、武男の協力を得て開発したのだ。
97年にユーズを設立すると、環境ビジネスに取り組む女性社長としてマスコミでも取り上げられ、講演の依頼が相次ぎ、挙げ句には都議選にも担ぎ出された。
だが、社外活動に時間を取られ、経営がおろそかになるとユーズは倒産の危機に陥り、5人の社員も辞めていった。そこから経営に専念、合理化を進めて会社を立て直した。現在は12名のスタッフを抱えている。
理念や情熱だけでは環境ビジネスは成り立たない。
「これまでいきがっていた面もあります。今後は社員を大切にしたい」という。染谷もエコロジーとエコノミーのバランスが必要だと気づいたのだ。
「廃棄物の処分やリサイクルを行う産業を静脈産業などと呼びますが、そんなネガティブな呼び方ではなく、もっと魅力的な産業にしなければなりません。エコロジーを担う夢のある産業となって、社会で注目される存在になれば、若い人もこの産業に就職するようになるはずです」
海外でも染谷の取り組みは注目され、ドイツのテレビ局の取材もあったという。
「ゆくゆくはフランクフルト油田とか北京油田など、世界の大都市で油田開発ができればいいですね」
2017年までに東京油田がみごと油を噴き上げることになれば、日本発の「大都市油田」開発が世界でも普及するかもしれない。
「ユーズの森」プロジェクト
いくら使い終わったてんぷら油でも送料を負担してタダでユーズに提供するのも抵抗がある。そのような人のために97年から始めたのが「ユーズの森」プロジェクトという油と森を交換するシステムだ。これは、廃食油を送ってくれた人にエコマネー(地域通貨)を発行して、一定額のエコマネーで、森やVDFと交換できるという仕組みである。
当初は、「ユーズ」という単位のエコマネーを発行していたが、TOKYO油田2017プロジェクトのスタートとともに、「TOKYO油田ecoマネー」(単位はユデン)というエコマネーに切り替えた。
廃食油の量にかかわらず、ユーズに10回送ると、提供者に1670ユデン発行する。1ユデンが1円換算で、1670ユデンで森一坪と交換できる。
森との交換が可能なのは福島県只見で古本と森の交換を行い、環境保全活動を展開している「たもかく」(吉津耕一代表)と提携しているからだ。たもかくの協力を得て、ユーズが只見の森を一部買い取って「ユーズの森」プロジェクトを実施している。
森だけでなく、VDFと交換も可能で、136ユデン(7月現在)で1リットルのVDFが手に入る。
「今後、回収ステーションとエコマネーを合体させて、もっと全国に普及させていきたい。活動を継続するためには廃食油の提供者にもメリットがないといけません」
VDFを燃料に走る「サンクスネイチャーバス」。目黒区のNPO法人が運営し、自由が丘エリアを巡回している。自家用車をなるべく利用せずに、地域で活動するために地元有志が始めた。現在、2台が運行中。利用は無料。
※VDF、BDFは有限会社染谷商店の登録商標です。
※東京油田(TOKYO油田)、エステルボーイは株式会社ユーズの登録商標です。
(文/吉村克己 写真/柚木裕司)











